質量分析装置は、試料の質量を擬似的に求められる装置です。例えば、ペプチドやタンパク質を合成した際、プロトンの数が多いのでNMRでは構造を確定できません。
しかし、質量分析装置を用いれば分子量を求められるので、正しく合成反応が進んでいるのか確認可能です。
この記事では、質量分析装置の基本的な原理から、その場に応じた質量分析装置の使い分けまでわかりやすく解説します。
質量分析装置の原理とは?
質量分析装置で質量を測定する大まかな流れは以下の通りです。
- 試料をイオン化する
- 試料を質量ごとに振り分ける
- 試料を検出
イオン化した試料を一様磁場中に照射することで、試料の質量によるふるい分けを行います。検出機器に到達した試料由来の電気信号をデータ分析することで、マススペクトルを得られます。
マススペクトルは縦軸をスペクトル強度、横軸をm/zで表します。質量分析では質量だけでなく、イオン化した試料分子の価数も測定データに与えるので、質量mを価数zで割ったm/zをデータ分析に用います。
試料のイオン化
まずは試料をイオン化します。イオン化の方法には様々な種類があるので、その一例を紹介します。
- 電子イオン化 (EI)
- エレクトロスプレーイオン化(ESI)
- 化学イオン化 (CI)
- マトリックス・レーザー脱離イオン化(MALDI)
- 大気圧化学イオン化(APCI)
電子イオン化 (EI)
EIは電子を分子に衝突させることで分子から電子を弾き出し、分子をイオン化させます。EIの主な特徴は以下の3つです。
- マススペクトルライブラリが存在
- 低分子化合物に適する(分子量≦800〜1000)
- 負電荷イオンの測定は行えない
EIでは70eVのエネルギーを持つ電子を用いて質量分析が行われてきました。そのマススペクトルライブラリが存在するので、既知化合物であればそれと照らし合わせて試料の同定が可能です。
電子を叩きだしてイオン化するEIでは、試料は正電荷を帯びます。その性質上、負に帯電しやすいカルボン酸等の質量測定には向いていません。
エレクトロスプレーイオン化(ESI)
ESIは液体試料をソフトにイオン化する方法です。主な特徴は3つあります。
- 付加イオンを生成しやすい
- 高分子試料(分子量≦10万)の測定も可能
- タンパク質や難揮発性試料の測定も可能
ESIでは一様高磁場中で試料を溶かした溶媒を噴霧することで、噴霧された液滴は電荷の偏りが生じます。
電荷の偏りの影響で液滴は分散し、微細化します。微細化した液滴はプロトンや電子と反応しながらイオン化し、質量分析部に到達。
試料は様々なイオンと反応しながらイオン化するため、ESIでは付加イオンを生成しやすいのが特徴的です。例えば、[M+Na]+といったイオンピークが現れることがあります。
EIとは異なり、ESIは加熱を必要としないため、熱に弱い試料の質量分析も可能です。
化学イオン化 (CI)
CIは電子を衝突させることでメタンやアンモニア、イソブタンなどの試薬ガスをイオン化させ、それを試料と反応させることで試料をイオン化します。主なCIの特徴は以下の3つです。
- 分子イオンピークを高感度に得られる
- 揮発性化合物しか測定不可能
- フラグメンテーションが少ない
EIは電子の衝突により直接分子をイオン化させますが、CIでは試薬ガスを介してイオン化を行います。
イオン化の際の衝突エネルギーが小さいため、得られるフラグメンテーションは少ないです。しかし、分子イオンピークは強く出るため、分子イオンピークを高感度に測定できます。
マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)
MALDIではマトリックスと呼ばれるイオン化を促進する材質と試料を反応させることで、低エネルギーでイオン化を行えます。
イオン化には紫外光のレーザーが用いられます。
- 高分子試料(分子量≦10万)の測定も可能
- 試料の純度を必要としない
- クロマトグラフィーとの連結が難しい
高分子量の測定が可能で、試料の純度を必要としないので、MALDIはタンパク質などの生体試料の質量分析に最適です。
しかし、高真空条件下で測定を行うため、クロマトグラフィーとの連結はできません。試料の分離を併せて行いたい場合は、手動でクロマト分離を行った上でMALDIを用いた質量分析を行いましょう。
MALDIは飛行時間質量分析計(TOF)と組み合わせてよく用いられます。TOFは質量の差によってイオン検出器への到達時間が異なることを利用する質量分析機器です。
大気圧化学イオン化(APCI)
APCIは大気圧下で行われる化学イオン化法です。ESIとは異なり、無極性や低極性化合物のイオン化を行えます。
しかし、多価イオンを生成しないため、高分子量化合物の質量分析は不可能です。
一様磁場中でイオン化された試料を遠心分離
電荷を帯びている分子が一様磁場中に射出されると、ローレンツ力が働きます。ローレンツ力は常に運動方向に垂直であるため、分子は円運動を行います。
この時の分子の質量をm、速度をv、円運動の半径をr、電子の電化をq、磁場をBとすると、
円運動の運動方程式は、
mv^2/r = qvB
なので、円運動の半径は
r = mv/qB
となります。
磁場の大きさを変化させることで、分子の質量で決定する半径を一定にできますよね。このように一様磁場の大きさを変化させながらイオン化分子を試料に到達させることで、試料の質量を分析します。
試料の検出
検出器では到達したイオン化分子を電気信号に変換します。その電気信号を分析することで、分子のマススペクトルを得られます。
質量分析装置の種類とは?
質量分析装置がそれ単体で用いられることは稀です。他の分析機器と連結させることで、質量分析装置は真価を発揮します。
主に、質量分析装置は2台目の質量分析装置またはクロマトグラフィー分画装置と連結されます。
クロマトグラフィー分画質量分析装置
質量分析したい試料が単離されている状況はあまりないでしょう。しかし、クロマトグラフィー分画質量分析装置を用いれば、複数分子が混在している試料でも質量分析を行えます。
クロマトグラフィー分画質量分析装置としては、ガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)と液体クロマトグラフ質量分析装置(LC-MS)が有名です。
ガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)
GC-MSを使用できる試料の特徴は以下の通りです。
- 低分子
- 揮発性
- 熱に安定
GC-MSの移動相はキャリアガスなので、不揮発性の試料の分離はできません。低分子医薬品、有機リン系農薬、アミノ酸、脂肪酸などの試料の質量分析に適しています。
液体クロマトグラフ質量分析装置(LC-MS)
LC-MSは溶媒に可溶な固体試料の分離も行えます。ESIやAPCIでイオン化を行うLC-MSが多いため、タンパク質等の高分子量化合物の質量分析も可能です。
タンデム質量分析装置(MS/MS)
1台目の質量分析装置でイオン化された分子を、さらに2台目の質量分析装置でフラグメンテーションさせるのがタンデム質量分析装置(MS/MS)です。
分子の質量だけでなく、フラグメントを解析することで、官能基の同定もできます。MS/MS単体で用いられることも多いですが、LCやGCと連結させたLC-MS/MSやGC-MS/MSもよく利用されています。
質量分析装置の価格は?
質量分析装置は高価であるため、導入する際に価格が気になりますよね。ネット上の情報を参考に、質量分析装置の価格を調査しました。
質量分析装置の価格は最低でも2,000万円程度です。非常に高価であるため、コスト的な問題がある場合は後で紹介するシェアリングシステムの活用もおすすめです。
LC-MS(SQD-2):20,000,000円~
Water社のSQD-2はHPLCやGC、UPLCなどと互換性があるので、クロマト分画を行えます。
高分子である抗体の質量分析も可能です。定量計算結果をわかりやすく可視化する解析ソフトも付いてきます。
QTof-MS(SYNAPT XS):85,000,000円~
Water社のSYNAPT XSは質量分析装置で一般的に利用されるm/zだけでなく、衝突断面積(CCS)を用いて分離を行います。
CCSにより、分子のサイズや形状による分離も可能です。
GC-MS(Agilent5977B):17,100,000円~
Agilent社のAgilent5977Bシリーズは、高感度のGC-MSシステムです。毒物アナライザは法中毒学データベースとGC-MSが組み合わされており、毒物の検出に向いています。
データベースにはアセトアミノフェン等の薬物も含まれているため、製薬中に混入した不純物の同定も可能です。
質量分析装置のシェアサービスを活用しよう
高価で質量分析装置の購入に踏み切れない場合は、質量分析装置のシェアリングサービスやレンタルを利用しましょう。
JEOLはさまざまなイオン化法による質量分析の受託サービスを提供しています。
東京工業大学や名古屋市立大学、九州大学などでは学外の方にも共同利用できる分析機器を提供しています。
近隣の大学、地域の工業技術センターが機器のレンタルサービスを提供していないか問い合わせてみるのも一つの手です。
質量分析装置は様々な場面で役立つツール
質量分析装置は低分子化合物だけでなく、抗体などの高分子化合物の試料分析も行えます。製薬企業における不純物の同定や、研究機関におけるデータ解析など幅広く利用できる分析機器です。
しかし、新品価格は約2,000万円からと非常に高価です。コスト的に導入が難しい場合は、近くの大学や研究機関、工業技術センターにレンタルサービスを提供していないか問い合わせてみましょう。
質量分析を行う際は、クロマト分画が必要かそうでないかで、クロマトグラフィー分画質量分析装置を使用するかどうか決定します。
次に、分子の分子量を知りたいのか構造を決定したいのかでイオン化の強弱を選択しましょう。
最後に、試料の揮発性や熱への安定性を考慮し、最適な質量分析装置を選択することで、良いマススペクトルを得られます。
ライター:吉野克利
プロフィール:名古屋市立大学薬学部出身、専攻分野は有機化学。
「光に反応して分解する化合物の合成および機能評価」の研究をしています。
様々な分析機器を使用した経験を持ち、実験や研究などで得た知識をより多くの研究者の役に立てるようお伝えしていきます。
旅行が趣味で、カメラ片手に全国を駆け巡っています。
記事をシェアする