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解決事例 インタビュー

「この研究って、自己満足? 」を払拭し、研究を地域貢献につなげる

2022.02.01 (Tue)

  • インタビュー
  • 地域貢献
  • 自治体

記事を書いた人 :

bunseki-keisoku

現状の問題

・自分の研究が世の中のためになっているのか疑問
・社会や地域に貢献できる研究がしたい

解決策

・自治体のお困りごとに研究を役立てる
・地域貢献を想定した研究テーマで研究費を申請
・世の中の動向を読む

展望

・問題解決の範囲を「自治体」から「個人」レベルへ
・自らの研究を広く一般向きに発信することで困っている人と繋がり、貢献する


研究者にとって書いた論文が評価されることは目標のひとつですが、そのためには研究費が欠かせません。

ところが自分の論文が認められやっと研究費をもらったとしても、高額な実験機器を購入し研究することが社会の役に立っているのかどうかに疑問をいだき前に進めなかったり、どのようにすれば研究内容が実際に世間と繋がるのかを悩んだりしている研究者も多いのではないでしょうか?

今回は熊本をはじめ九州での活躍も輝かしい、京都大学大学院農学研究科地域環境科学専攻准教授 濱武英氏(以下、濱)に、研究を社会の問題解決につなげる方法をお伺いいたしました。

悪者から救世主まで、田んぼに特化した研究経歴

―――まずは研究内容について教えて下さい。

:基本的には米作りに関することです。私が学生だった頃、米農家が撒いた化学肥料は雨が降ると流れ下流を汚すという「水田悪者説」が浸透している時代で、農業と環境保全を両立させる研究をしていました。20年経った今は、田んぼに水を貯めて洪水を少しでも防ごうという「流域治水」にテーマが代わり田んぼが災害の救世主になるのではないかという研究もしています。

―――詳しく教えていただけますか。

:研究室に配属された頃は、先程言ったような水田が環境に負荷を与えている側面ばかりがクローズアップされていたので、環境に負荷をかけない農業について、特に水管理を研究していました。その研究を7、8年続けた2012年に熊本大学から声がかかり2013年から異動しました。 熊本県は人口が170万人以上いてそのほとんどの人が地下水にたよって生活している、日本はもちろん世界的にも珍しい都市です。そしてその地下水がどこで作られているかというと水田。阿蘇のカルデラから有明海まで続く白川が中流域に広がる水田に流れ水田が地下水をたくわえます。10年ほど前、水田農業の衰退や転作などで水田面積が減っていることが問題になり効果的に地下水を涵養する研究のために熊本にきました。研究人生のスタートは水田のマイナスの側面を削ぐことが研究テーマでしたが、プラスの側面をどう利用するかというテーマに変わったのです。

熊本ならでは、洪水と水田の関係を研究

―――米作りの研究が熊本県民の暮らしの役にたったのですね。

:そうなんです。環境保全というのも世の中の役に立つテーマですが、具体的に熊本県や熊本大学から依頼された人々の暮らしに役立つ研究は、より身近に研究成果を感じられるので大変光栄なことだと思っています。さらに熊本では重要な研究にも携わらせてもらうことができました。

2020年、熊本県の球磨川で大雨洪水災害がありました。球磨川流域は清流保護の観点からダムがあまりなく、そのことが原因ではないかとも指摘されています。そこで、ダムはないけれども水田は広がっている、その水田を利用して洪水緩和ができないかという研究依頼もいただきました。現在、球磨川流域において実施されている田んぼダムの調査研究を行っています。

無名な研究者でもチャンスを掴める

―――助教や准教授で研究依頼をもらえると思われますか。

:私は熊本大学へ行く前は京都大学で助教でした。2011年3月に参加した勉強会で名刺交換をさせていただいた熊本大学のある先生が、2012年春に開催された水環境学会で私の発表をご覧になり声をかけてくださいました。その数カ月後にたまたま熊本大学の工学部土木建築学科(当時,社会環境工学科)に、私を准教授として呼んでくださることになったんです。理由をお伺いすると成果ではなく「田んぼのことをやっている元気な研究者」のイメージが強く残り、それがきっかけだったとか。熊本は“田んぼ”や“地下水”が日本のどこよりも暮らしに近い県。田んぼ一筋に研究してきた私の経験がうまくマッチングしたんだと思います。私が熊本大学に行く前から、先生は熊本県の土木系委員会などに参加した際に「農業土木系の先生が来る」と雑談の中でPRしてくれていて、就任したときにはすでに県との繋がりも構築済み。その関係性が今も続いています。

自治体の役に立ちながら研究できる充実感

―――研究を具体的な問題と結びつけるにはどのようにすればよいでしょうか。

:私は仕事を離れた場所でも楽しく自分の研究を紹介できるストーリーを考えています。例えば、熊本大学時代にお知り合いになった方と「水田の横にある日本全国の農業用水路を全部つなげると38万キロ、地球と月の距離に相当する」など、研究ネタを“余談”的に話していたときのこと。わかりやすく楽しくお話をしようとしたつもりが、農業用水路から灌漑施設(農業用水路、排水路、ため池などを含む農作業用の施設)の話題が盛り上がり、一緒に居合わせた熊本市役所の方の発案で日本初の「世界かんがい施設遺産」登録にまで発展したんです。その後菊池市役所、大分の宇佐市からも研究と登録依頼がありました。その度研究費をいただけることも光栄ですし、隠れた地域の魅力発掘のお手伝いになっているのも嬉しいですね。

個人レベルに届く情報発信が重要になる時代

―――論文以外の発信方法が必要になってきているのでしょうか。

:今までは論文を発表して業界に認められ、大きな企業や自治体と協業して問題解決をすることが社会貢献だと思っていましたが、これからはひとり一人の方へ向けた問題喚起、問題解決につながるような情報発信も社会貢献には必要だと実感しています。そのためには世の中で起こっていることを知ることも大切。私の場合、情報収集方法は学生さんと話すことです。例えば,10人と話せば10種類のYouTubeやInstagramの情報が一気に入手できます。自分で10時間使って世の中の情報をチェックするよりも、10人と10分ずつ話したほうが、あっという間にトレンドが頭に入ってくるので、かなり効率的ではないでしょうか? 同じ研究テーマを紹介するのでも、トレンドにあった表現やタイミングは必要だと思います。先程の農業用水路の話も「世界かんがい施設遺産」の中に「世界」や「遺産」が入っているとみなさんに興味を持ってもらいやすいですよね。将来的には,水をテーマに大好きな熊本や九州の町を「ブラリ」と紹介する番組をYouTubeなどで発信できたらと思います。


■お話をお伺いしたのは・・・

京都大学大学院 農学研究科

研究室人数:16名

准教授 濱 武英氏

2003年京都大学農学部生産環境科学科卒業 2008年京都大学農学研究科地域環境科学専攻博士課程修了

2008年から京都大学農学研究科助教、2013年から熊本大学准教授、2020年4月に京都大学大学院農学研究科地域環境科学専攻准教授 日本の水田に関する研究を軸に、近年では地下水や豪雨災害などテーマは幅広い。専門的になりがちな研究内容を背景のストーリーとともにユニークに話せる、新世代研究者。

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