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解決事例 インタビュー

「科研費が採択されない人」が陥りがちなNG思考

2022.02.02 (Wed)

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記事を書いた人 :

bunseki-keisoku

現状の問題

・科研費が全然採択されない
・どうしたら採択されるようになるのかわからない
・申請書や論文は関係者や分かる人に向けて書いている
・説明しても自分の研究内容が伝わらない

解決策

・雑多でよいので読書する
・理髪店などで研究の話をする
・研究の話をする相手に「気」を使う
・生活の中の「言葉」に疑問をもつ
・たくさんの人に文章を見てもらいアドバイスをもらう
・万人に伝えられる説明の仕方

展望

・世の中の役に立つ研究で社会実装する
・研究者を目指したくなる世の中にしたい


世の中を驚かせるような研究テーマや緻密に計算された研究計画にも関わらず、日本学術振興会の科学研究費補助金(科研費)に採択されない申請書。理由がわからず頭を抱える若手研究者も多いと思います。

実はその論文、当たり前の手法が欠けていることが採択されない理由かもしれません。

若手時代に科研費が当たらず苦労をされた経験をお持ちの同志社大学大学院 理工学部 機能分子・生命科学科 機能有機化学研究室 教授 北岸宏亮氏(以下、北岸)に、科研費に当たりやすい文章を書くための対策を教えていただきます。

科研費に落ち続けた若手時代

―――まずは研究内容について教えて下さい。

北岸:完全合成型ヘモグロビン、つまり人工血液について研究しています。それまでにも人間の血液を使った人工血液は開発されていたのですが、私たちの研究は生体を使わず合成物のみで血液を作ることに初めて成功しました。そして、研究を続けるうちに同じ化合物が体内の一酸化炭素と結合することが判明したので、現在は一酸化炭素を体内から取り除く解毒剤として実用できないかを研究しています。

―――当初から研究は順調だったのですか。

北岸:そうではなかったんです。ブドウ糖が「輪」の形状になった化合物「シクロデキストリン」の研究をしていて、その「輪」の中にヘム鉄(赤血球に含まれるヘモグロビンを構成している)を閉じ込めたらどう反応するか?というテーマで私の博士課程研究をスタートさせました。実験を進めると、水中でもシクロデキストリンのおかげでヘム鉄に酸素がくっついたり離れたりする結果が現れて。これは私たちの体が水でできていること、そして私たちが酸素を吸ったり吐いたりするとヘモグロビンに酸素がくっついたり離れたりすることと同じ動きだとわかったんです。

―――それはすばらしい発見ですね。

北岸:はい。これには驚きました! ところが人工血液として使えるか動物実験をすると、体内に留まらずにすぐに尿として出てきてしまう結果に。これでは人工血液として使用できないと落胆しかけたのですが、その尿を調べるとヘム鉄に一酸化炭素が結合していたんです。調べると私たちの体には一酸化炭素が存在していて、この人工血液が体中の一酸化炭素を絡ませて出てくることがわかりました。現在は「人工血液になる物質を使って生体内の一酸化炭素を取り除く」という研究の論文を提出し、過剰に吸いすぎた一酸化炭素が体内に残りその後遺症に苦しむ人たちの役に立てるように尽力しているところです。

過去の申請書は、当たらないNG集

―――英国王立科学会の学術書の表紙を飾ったそうですが執筆はお得意ですか。

北岸:それが、若手研究員の時は苦労しました。2、3年は科研費などの申請が全く採択されなくて、まさに背水の陣。知り合いの先生に見せてアドバイスをもらい、恥をかえりみずに必死で書いた申請書で初めて若手の研究費をもらいました。一度研究成果がでると次からは申請しやすくなりました。

―――以前の申請書はどこがいけなかったのですか。

北岸:それまではいわゆる「科研費が当たらない人」によくあるNG集のようなダメな申請書でした。まず、良いと思う研究テーマでも伝わらなければ意味がないことをわかっていませんでした。「論文や学会発表は理解しないほうが悪い」と当時はかなり傲慢でした。専門用語ばかりで論理的でない文章、写真や図の挿入もなし、あってもわかりにくいなどなど、いまでは目を覆いたい申請書です。伝わらないのは100%伝える側の問題、どんなに難しいことでも伝える努力をしないといけないと反省しました。

―――他にも反省点はありますか。

北岸:博士課程の学生のときの話。美容院にいくと世間話の中で「大学院行ってます」というと、必ず「どんな研究しているの?」と聞かれるでしょ、あれが嫌でした。「何も身動きできない状態で説明は難しい」と説明放棄です。今思うと、そこができなければいけなかった。美容師さんや正月に会う親戚のおじさんに聞かれても「どうせ言ってもわからないでしょ」と思っていましたね。

わかってもらえる申請書へ

―――伝え方を磨く方法はありますか。

北岸:まずはいろいろな人に研究の話をすることでしょうか。先程の美容師さんや親戚のおじさんに伝えられるようになると誰にでも伝わるようになってくる。小中学生や高校生に話す時は「理系に進みたい」とか「研究者になりたい」とか思ってもらえることを意識して話す内容を工夫をします。誰にでもわかるように気を使って言葉を選べば興味を持って聞いてもらえるし理解してもらえる。その気使いが論文や申請書にも活かされると思います。

―――審査する側の人には説明しすぎでは。

北岸:同じ専門分野の研究者なら、わかってもらえると過信するのはNGです。審査する側を想像するとわかるかと思いますが、同じ専門分野同士でもわかってもらえていないことのほうが圧倒的に多い。例えば映画を観たり小説を読んだりした時、エンタメ的な裏切りはあるでしょうけど、基本的にはわかりやすくて自分の思い通りに話が進むほうが気持ちいいですよね。読み手のことを想像しながら、わかりやすく理屈をたてて順番に書いていくことが基本で重要なことです。内容がすばらしいかどうかの前に、読んでわかるかどうかが採択される大きな条件ではないでしょうか。

添削してもらって文句を言うのはNG

―――さらに腕を上げるにはどうすればよいですか。

北岸:書いた論文や申請書を人に見てもらうことではないでしょうか。読んでわからないところを指摘してくれる人がいるのはとてもありがたいことです。学生のときは先生がレポートを添削してくれたけど、だんだんと意見をくれる人がいなくなりますよね。それで実は自分がわかりにくい文章を書いていることに気づかずに「これでいい」と思っている研究者は多いと思います。いろんな人の目にふれて評価してもらうのが大事で、添削者は同業者の先生、友人など誰でもOK。そして、わかりにくいと言われても怒ってはダメです。最近はどこの大学にも申請書をチェックする部門(※URAなど)があり、わかりにくい言葉や文章を指摘してくれます。その人達は非専門家なので先生の中には「素人が何を指摘している!」と怒る方もいるとか。結局研究者は文章を書くことが仕事ですから、素直に指摘を受け入れて上達を目指しましょう。

いろいろ試行錯誤しましたが、文章を書くのはいつまでたっても苦しいです。どうせ苦しむのなら結果が報われてほしいところですが、そうならないほうが圧倒的に多いです。研究者の「産みの苦しみ」は必然だと思います。研究成果でも論文でも、なにも苦労せず産み出せる研究者はいないと思います。僕もずっと毎日苦しんでいますが,きっとその時間がとても大切なのですね(笑)。

論文の提出先が異なれば、言葉も変わる

―――ひとつ1つの言葉選びも大切ですか。

北岸言葉選びは大切です。先程、美容師さんにも分かる言葉、小中学生にもわかる言葉などそれぞれに気を使った言葉選びの重要性はお話しましたが、全く別の場合もあります。例えば企業とのコラボなどで薬を開発する場合の例です。私の共同研究者でフランス人の先生は「一酸化炭素をパウダーにして与え続けると太らない、脂肪燃焼が促進されてダイエットピルになる」という研究をしています。この研究には「ダイエット」という言葉がはいっていて、アカデミックな論文というよりむしろ市場では有効に働くでしょう。そうなると製品化の可能性が高いと考えられます。しかし、一酸化炭素は吸いすぎると死に至る毒ガスです。一方で、マイナスイメージを払拭しきれず市場には受け入れられないとも考えられます。ところが、その話を市場に製品を広めるような広告宣伝やPRの職種の人に話すと化学的根拠が証明されているのであれば「毒ガスでダイエットはインパクトがあって市場に受けそうだ」と言います。そもそも私の研究も「人工ヘモグロビン」というと一般には理解されにくいですが「人工血液」というとキャッチーですよね。科研費なのか、企業からの資金調達なのか、学生さんの就活用なのか、必要に応じて言葉を変えるテクニックも鍛えたいところです。そのためにも日頃から本でも雑誌でも何でもいいので,沢山活字を読んで新しい言葉を新しく取り入れる習慣が大切なのではと思います。

―――市場には誤解を生む言葉もあるように思いますが。

北岸:確かにそうです。毎日何十回と聞いたり見たりする言葉で「殺菌」があります。実はウィルスは非生物なので「殺菌」とは言いません。菌は生物なので「殺菌」が正解です。TVに出ている先生が言っているから正しいではなく、自分で間違いに気付ける理科教育が大事だと思います。それと国語教育も。日本の教育カリキュラムでは国語は情緒や表現力に重きをおいているように思いますが、未来の研究者のためにも論理的な文章を書く力がつく教育も加えて欲しいですね。

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「科研費を通すコツ7選!~申請に落ち続ける人が研究費を獲得する方法まとめ~」


■お話をお伺いしたのは・・・

同志社大学大学院 理工学部

機能分子生命科学科 機能有機化学研究室

研究室人数:17名

教授 北岸 宏亮氏

2006年同志社大学工学研究科工業化学専攻卒業後、大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻博士研究員を経て、2008年同志社大学理工学部機能分子・生命化学科助教、2020年4月から現職

2011年第15回シクロデキストリン学会奨励賞

英国王立化学会が出版する学術誌『Chemical Communications』vol.57(2021年1月7日発行)に加納航治同志社大学名誉教授とともに発表した人工ヘモグロビン研究の論文が掲載され表紙を飾った。ライフスタイルと研究がリンクしていることから適度な運動、睡眠、食事に気を配る。趣味はジョギング。

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