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【ICP-OESの基礎知識】マルチタイプとシーケンシャルタイプの違いとは?

2025.04.22 (Tue)

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記事を書いた人 :

bunseki-keisoku

ICP-OES(誘導結合プラズマ発光分光分析法)は、微量元素の定量に適した分析手法です。環境試料、食品、医薬品、金属材料など、幅広い分野で利用されています。

ICP-OESには「マルチタイプ(同時測定型)」と「シーケンシャルタイプ(逐次測定型)」の2種類があり、それぞれ測定方式が異なります。マルチタイプとシーケンシャルタイプは検出方法に違いがあり、目的に応じた装置の選択が重要です。本記事では、両者の特性を詳しく解説し、それぞれの活用シーンについても考察します。

分析計測ジャーナルでは、ICP-OES選定に関するご相談を受け付けております。お気軽にお問い合わせください。

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ICP-OESの基本原理

ICP-OESでは、試料溶液を霧化し、誘導結合プラズマ(Inductively Coupled Plasma)に導入します。プラズマ内で高エネルギーを受けた元素は励起され、それぞれ特有の波長で発光します。この発光を分光器で測定し、元素の種類や濃度を決定する仕組みです。

詳しくは別記事で解説しておりますので、ご参照ください。

マルチタイプ(同時測定型)の特徴

ではまず、マルチタイプのICP-OESについて特徴を解説します。

原理と構造

マルチタイプのICP-OESは、複数の波長を同時に測定できる分光器を備えています。CCD(Charge Coupled Device)やフォトマルチプライヤ(PMT)を用いた検出器が搭載され、一度の測定で複数の元素の発光スペクトルを取得できます。そのため短時間で多元素分析を行うことが可能です。

マルチタイプの利点

短時間で多元素分析が可能
マルチタイプは一度の測定で複数の元素を分析できるため、試料ごとの測定時間を大幅に削減できます。サンプル数が多い場合でも効率的に処理できます。たとえばPerkinElmer社のOptima5000シリーズは、最大72元素250波長を同時に測定でき、測定時間は1分以内です。

測定条件のばらつきが少ない
同じ条件下で全ての元素を測定するため、測定ごとのばらつきが発生しにくく、再現性が向上します。また短時間で測定するため、測定時間内の試料状態変化や装置のドリフトも抑えられて、安定した測定につながります。

高分解能の測定が可能
高性能な分光器を使用することで、スペクトル干渉の影響を低減し、正確な定量分析ができます。マルチタイプの装置で一般的に使用されるのがエシェル型分光器です。​この方式では、回折格子とプリズムを組み合わせて光を二次元的に分散させ、面検出器で検出します。​そのため、広い波長範囲を同時に測定できるだけでなく、高い分解能が維持できます。

マルチタイプの欠点

導入コストが高い
高性能な分光器や検出器を搭載しているため、装置の価格が高額になりやすい傾向があります。

特定波長のみの測定には不向き
一度に広範囲の波長を測定することが目的のため、特定の元素を高感度で測定したい場合には適していません。

マルチタイプの適用例

環境試料の分析(河川水・土壌・排水)
環境試料には多種類の元素が含まれることが多いため、一度に複数の元素を測定できるマルチタイプが適しています。

食品・医薬品の品質管理
規制基準に基づいた多元素分析を短時間で実施する必要があり、迅速かつ高精度な測定が求められます。

半導体材料の微量不純物分析
半導体製造では、微量の不純物が製品の品質に大きく影響を与えるため、高分解能な分析が不可欠です。

シーケンシャルタイプ(逐次測定型)の特徴

次に、シーケンシャルタイプについても解説していきます。

原理と構造

シーケンシャルタイプのICP-OESは、測定する波長を一つずつ順番に切り替えながら測定する方式を採用しています。エシェル分光器や回折格子を使用し、各元素の発光スペクトルを個別に検出する仕組みです。測定対象の波長を変更しながら分析を行うため、一度に複数の元素を測定することはできませんが、測定対象を柔軟に選択できる利点があります。

シーケンシャルタイプの利点

測定波長の自由度が高い
事前に設定した特定の波長のみを測定するので、目的の元素に最適な条件で分析できます。シーケンシャルタイプは、回折格子を回転させて特定の波長の光を選択的に検出器に導く方式を採用しています。​この方法により任意の波長を自由に選択して測定可能。​一方、マルチタイプの装置は、固定されたプリズムや回折格子によって分光された特定の波長範囲のスペクトルを同時に検出する方式であり、装置の設計上、測定可能な波長範囲が限定されることがあります。​そのため、シーケンシャルタイプは測定波長の自由度が高いとされています。

特定元素の高感度分析に適している
シーケンシャルタイプは1つの波長に集中して測定を行うので、高感度で定量できます。この方法は特定の元素を高精度で分析したい場合に有効です。シーケンシャルタイプの装置では、一般的に光電子増倍管(PMT)などの高感度な検出器が使用されます。​PMTによって微弱な発光信号を高い感度で検出できるので、微量な特定元素の分析ができます。

装置の導入コストが比較的低い
シーケンシャルタイプはマルチタイプに比べて分光器の構造がシンプルなため、装置価格が抑えられます。たとえば日立ハイテクの「卓上型ICP発光分光分析装置 PS7800」の価格は11,900,000円からとなっていますが、マルチタイプの「PS3500DDIIシリーズ」は21,600,000円からとなっています。

シーケンシャルタイプの欠点

シーケンシャルタイプは波長を1つずつ順番に測定するため、マルチタイプと比べてどうしても測定時間が長くなってしまいます。また測定ごとに条件が微妙に変化するので、長時間の測定は精度に影響が出やすくなります。

シーケンシャルタイプの適用例

医薬品や食品の特定元素分析
ナトリウムやカリウムなど、特定の元素を精密に測定する必要がある場合に活用されます。

鉱物や金属材料の組成分析
鉱石や合金の成分分析において、主要元素の測定に適しています。

環境試料の単元素高感度分析
水質検査や土壌分析などで、特定の重金属濃度を詳細に調査する際に使用されます。

分析目的に応じた選択基準

ICP-OESのマルチタイプとシーケンシャルタイプは、それぞれ異なる特徴を持つため、用途に応じて適切な装置を選択することが重要です。以下の観点から、どちらのタイプが適しているかを判断できます。

測定する元素の数

多元素を一度に測定したい場合はマルチタイプ
環境試料や食品など、多種類の元素を含む試料を分析する際に適しています。

マルチタイプの装置は、固定されたプリズムや回折格子により分光された波長域のスペクトルを同時に検出するのが特徴です。そのため多数の元素を一度に測定でき、分析時間を短縮できます。環境試料や食品試料では、多種類の元素を同時に分析する必要があるため、この特性は非常に有用です。 

また同時測定により、各元素のデータが同一条件下で取得されるため、測定間のばらつきが少なくなります。つまり再現性と信頼性の高い分析結果が得られるということです。環境モニタリングや食品の品質管理において、データの信頼性は非常に重要です。 

さらに、マルチタイプの装置は微量元素に対して高い感度を持ち、複雑なマトリックス試料に対しても優れた分析精度を発揮します。環境試料や食品中の微量な有害金属や栄養成分の検出にも役立ちます。 

限られた元素を詳細に分析したい場合はシーケンシャルタイプ
医薬品や鉱物の特定元素の定量分析には、シーケンシャルタイプが向いています。

シーケンシャルタイプの装置は、回折格子を回転させて特定の波長を逐次的に検出する方式が一般的です。そのため高い分解能が得られてスペクトル干渉を低減でき、特定の元素を詳細かつ高精度に分析できるようになります。

コスト

高価でも効率を重視するならマルチタイプ
マルチタイプの初期投資は大きいものの、長期的に見れば分析の効率が向上します。マルチタイプであれば多元素を同時に測定できるため、1サンプルあたりの分析時間を短縮できます。1日で処理するサンプル数を増やすことで、全体の分析効率アップにつながるでしょう。

さらに、同時測定するので全ての元素のデータが同一条件下で取得され、データの一貫性が保たれます。そのため再現性の高い結果が得られ、追加の再測定や確認作業といった時間・労力をカットできます。

低コストで導入したいならシーケンシャルタイプ
予算が限られている場合や、特定の用途に特化した分析を行う場合には、シーケンシャルタイプの方が導入しやすいです。

シーケンシャルタイプの装置は、マルチタイプに比べて構造が比較的シンプルであるため、装置自体の価格が抑えられる傾向があります。また構造がシンプルなので、メンテナンスや消耗品のコストが抑えられ、長期的な運用コストの削減が期待できます。

また、シーケンシャルタイプは特定の元素を高感度で測定するのに適しており、限られた元素の詳細な分析を行う際に有利です。シーケンシャルタイプは必要な分析を効率的に行い、コストパフォーマンスの向上につながります。

測定精度

高い分析精度を求めるなら、マルチタイプが向いています。マルチタイプはスペクトル干渉を低減しながら、より精度の高い測定が可能です。マルチタイプのICP-OES装置は、複数の元素を同時に測定し、各元素のデータが同一の条件下で取得されます。その結果、測定間のばらつきが少なくなり、再現性が向上して測定精度が高まります。

また、マルチタイプの装置は、測定スピードが速く、繰り返し測定の再現性が良いのも特徴です。そのため、多数の元素を迅速かつ高精度に分析できます。

まとめ

ICP-OESは、元素分析において強力な手法ですが、測定方式によって性能が大きく異なります。

  • マルチタイプは、短時間で多元素分析を行うのに適しており、サンプル数が多い場合に有利です。
  • シーケンシャルタイプは、特定元素の高感度測定が可能で、精度を重視する用途に向いています。

どちらを選択するかは、分析の目的、測定対象、処理能力、コストなどの要因を総合的に考慮する必要があります。適切な装置を導入することで、分析の効率と精度を向上させることができるでしょう。

分析計測ジャーナルでは、ICP-OES選定に関するご相談を受け付けております。お気軽にお問い合わせください。

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ライター名:西村浩
プロフィール:食品メーカーで品質管理を10年以上担当し、HPLC・原子吸光光度計など、さまざまな分析機器を活用した試験業務に従事。現場で培った知識を活かし、分析機器の使い方やトラブル対応、試験手順の最適化など執筆中。品質管理や試験業務に携わる方の課題解決をサポートできるよう努めていきます。

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