
KISTEC 地方独立行政法人 神奈川県立産業技術総合研究所
ナノスケールでの構造観察や物性評価に対する関心は年々高まっています。そのような背景の中、走査型プローブ顕微鏡(SPM)は、研究や開発の現場において欠かせない分析装置として定着しつつあります。SPMは、試料表面に働く物理的な相互作用を検出し、原子からナノメートルレベルに至る微細な情報を視覚化するものです。
なかでも、AFM(原子間力顕微鏡)やSTM(走査型トンネル顕微鏡)といった手法は、SPMの中核を成す技術として広く利用されています。これらの手法では、表面の凹凸を観察するだけでなく、材料の機能特性に直結するパラメータを高精度にマッピングできます。つまり、SPMは単なる形状観察にとどまらず、機能材料の特性評価にも活用されているという点が重要です。
本記事では、SPMが具体的にどのような測定に対応できるのかを整理し、材料・バイオ・半導体という三つの分野における代表的な応用事例を紹介します。それぞれの研究テーマに応じた最適な使い方を見出す一助として、ぜひ参考にしてください。
分析計測ジャーナルでは、走査型プローブ顕微鏡に関するご相談を受け付けております。お気軽にお問い合わせください。
走査型プローブ顕微鏡で測定できる主な物理量

走査型プローブ顕微鏡(SPM)は、表面形状の観察にとどまらず、多様な物性の評価にも対応しています。SPMは測定モードを切り替えて、構造や力学特性をはじめとする試料の幅広い情報をナノスケールで取得できます。なかでもAFM(原子間力顕微鏡)は柔軟性が高く、さまざまな材料や環境に対応できる点が特徴です。本章では、代表的な測定モードと取得できる物理量、そしてその主な活用例について解説します。
表面形状(トップグラフィ)
最も基本的な情報として、AFMは試料表面の三次元的な凹凸を高精度に描き出します。AFMは、探針が試料表面に沿って走査する際に生じる高さの変化を検出し、それをもとに表面の形状をナノスケールで再構成できるのが特徴です。計測された形状データは、単なる外観観察にとどまらず、定量的な粗さ解析や、膜厚のばらつき評価にも使われています。
たとえば、スピンコートされたポリマー薄膜の均一性確認や、インクジェット印刷後のパターン形状測定、ナノ粒子の直径や分布密度の評価など、材料研究や製品開発の現場で広く応用されています。表面の微細構造は、濡れ性や密着性、光学特性などに直結するため、物理的特性だけでなく機能設計にも重要です。
力学特性(硬さ・弾性率・粘弾性)
AFMのフォーカスカーブ測定モードを利用すれば、探針と試料間の力の変化を記録しながら、局所的な機械的性質を定量的に評価できます。
たとえば、試料表面の硬さやヤング率(弾性率)、粘弾性の分布をナノスケールでマッピングできるため、構造の違いと力学特性の相関関係の同時分析が可能です。高分子ブレンド膜では、硬さの異なる相を可視化し相分離構造を明確に把握できます。再生医療における細胞の分化評価では、細胞の弾性がバイオマーカーとして利用されることもあります。また、ゲルや粘着性フィルムのような柔らかい材料に対しても、繰り返し応力を加えながら粘着力の経時変化を調べるといった、動的な測定にも対応。これらの測定は、材料の設計指針や製造条件の最適化に役立ちます。
電気的特性(導電性・表面電位)
電気特性の評価には、Conductive AFM(C-AFM)やKelvin Probe Force Microscopy(KPFM)といった専用モードが用意されています。
C-AFMの仕組みは、まず導電性を持つ探針を介して試料に微小電圧を印加し、局所的に流れる電流を測定して、微細なパターン内部や界面領域での導電性のばらつきや欠陥箇所を高精度に特定するというものです。一方、KPFMは、表面の仕事関数差から電位分布をマッピングする技術であり、pn接合や有機薄膜トランジスタ、太陽電池などのエネルギーデバイスにおける電荷分布やキャリア輸送特性の解析に用いられています。
いずれの手法も、電子デバイスの故障解析や、デバイス性能に影響を与えるナノレベルの不均一性の評価に有効です。近年では、有機材料やバイオ電子材料など、従来の半導体とは異なる特性を持つ試料に対しても測定対象が広がっています。
磁気特性(磁気ドメイン・局所磁場)
磁性探針を使用するMagnetic Force Microscopy(MFM)は、試料表面に生じる磁力との相互作用を検出して、磁気ドメインや局所的な磁場の分布を視覚化する手法です。
通常のAFM測定と組み合わせて行うため、形状情報と磁気情報を同時に取得できる点が大きな利点です。磁気記録媒体では、データの記録状態やドメインサイズの確認、磁気ヘッドとの相互作用の可視化などに利用されています。また、スピントロニクス材料や磁性ナノ粒子の分散状態、外部磁場に対する応答特性の測定にも適しています。MFMはナノスケールの磁場分布を非破壊で可視化できるため、磁性材料の研究開発における基本的な評価手法として定着しています。
化学特性(分子識別・化学組成の分布)
AFMに赤外分光(AFM-IR)やラマン分光(TERS)を組み合わせたハイブリッド計測では、表面の化学組成や分子構造をナノレベルで識別できます。特にTERS(Tip-Enhanced Raman Spectroscopy)では、探針先端に局所的な電場増強を発生させ、分子レベルのラマン散乱を高感度で取得できます。SNOM(近接場光学顕微鏡)のように近接場光を利用する手法では、光学顕微鏡の回折限界を超えた高解像度での化学マッピングが可能です。
これらの技術を活用すれば、ポリマーの共重合分布、タンパク質やDNAの分子識別、がん細胞に特異的なバイオマーカーの局在観察など、材料・バイオの両分野で高度な解析が行えます。従来は分離や染色を必要としていた情報も、非染色・非破壊で得られるようになりつつあります。
材料分野での応用事例

ナノスケールでの構造評価や機能特性の可視化は、材料開発や品質管理において不可欠です。SPM(走査型プローブ顕微鏡)は、高分解能な観察ツールとして、さまざまな材料評価に活用されています。以下に代表的な用途と測定モードをまとめました。
評価対象 | 主な目的 | 使用モード | 活用例 |
薄膜コーティング | 均一性・密着性の確認 | トポグラフィ位相像フォースマッピング | 膜厚ばらつき検出塗布ムラ検出微小クラックの検出 |
ナノコンポジット高分子 | 成分分布・結晶化状態の確認 | 位相像粘弾性マッピング | フィラーの分散評価生分解性材料の劣化解析 |
トライボロジー材料 | 摩擦・耐摩耗性の定量評価 | 摩擦力測定接触モード | 潤滑剤の効果確認表面処理の耐久性試験 |
金属セラミックス | 微細構造や結晶の粒の観察 | AFM(非導電)STM(導電) | 粒界構造確認結晶面のステップ確認再結晶後の組織変化確認 |
AFMを用いた観察では、試料表面の形状だけでなく、硬さや粘着力などの機械的特性の同時取得が可能になりました。特にフォースマッピングや粘弾性マッピングなどのモードを活用すれば、材料内部の構造差や局所的な力学応答の違いを視覚的に捉えられます。その結果、単一材料中の異なる相の評価や、複合材料における界面状態が解析できます。
また、位相像は、材料の構造や物性の違いを強調する画像として有効です。ポリマーのブレンド系やナノコンポジット材料では、分散状態や結晶性の違いを視覚的に区別できるため、材料開発や不良解析において重宝されています。
導電性のある試料に対しては、STMを併用すると、表面の原子配列を観察することも可能です。金属やセラミックスなどの高機能材料では、結晶面のステップ構造や再結晶後の組織変化をナノスケールで確認できるため、熱処理や表面改質の影響評価にも活用されています。
バイオ・ライフサイエンス分野での応用事例

AFMは非導電性材料に対応できるだけでなく、液中環境でも測定できるので、生体試料の観察に非常に適しています。特に、細胞やタンパク質といった生体構造の形態だけでなく、力学的特性や分子間相互作用の解析に活用されるケースが近年増えてきました。構造を壊さずに「生きた状態」に近い条件で観察できる点が、再生医療や創薬研究などの分野で注目されています。
対象 | 観察内容や測定項目 | 活用例 |
細胞表面 | 微細な突起構造膜の凹凸・粗さ・硬さ | 正常細胞とガン細胞の違い・細胞外マトリックスの解析 |
タンパク質・DNA | 分子構造凝集状態 | 抗体・抗原の結合状態解析DNAの折りたたみ・解離過程の確認 |
フォースマッピング | 弾性率粘着力 | 分化過程のモニタリング毒性評価細胞選別 |
高速AFM | 分子のリアルタイムの挙動 | 分子モーターの動作追跡酵素反応の時間変化 |
細胞表面の観察では、AFMにより微細な凹凸やフィラポディアのような構造がナノスケールで視覚化され、細胞の健康状態や刺激への反応を定量的に評価できます。正常細胞とがん細胞では弾性や表面粗さに顕著な違いが見られることが多く、非侵襲的な診断技術としての応用も期待されています。
タンパク質やDNAなどの高分子も、AFMの観察対象です。AFMでは基質に吸着した分子の構造や凝集の様子を直接観察できるほか、分子間の結合や解離の様子も記録できます。溶液中でも測定できるため、生理的条件に近い環境での解析が可能です。
また、フォースマッピングを活用することで、細胞一つひとつの弾性率を面で取得でき、分化の進行度や病的変化を捉える手段としても有効です。再生医療では、特定の硬さを持つ細胞を選別することで、細胞加工や移植の効率向上につながるといった実例も報告されています。
近年注目されている高速AFMでは、1秒未満で画像を取得できるため、酵素反応や分子の構造変化をリアルタイムで観察できます。従来の静的な観察とは異なり、動的な過程を“動画”のように記録できるため、分子生物学や薬剤作用機序の解析に有用です。
半導体・電子材料分野での応用事例

微細化と高性能化が進む半導体・電子デバイスの分野では、ナノレベルでの構造や電気的特性の制御と評価が欠かせません。SPMは、形状や電位、導電性などの空間分布を高解像度で測定できるため、設計やプロセスの最適化、故障解析などに幅広く活用されています。特にAFMやその派生モードは、非破壊・非接触で多様な物性を可視化できるので、最先端の研究開発において重要な役割を果たしています。
測定対象と領域 | 測定内容 | 活用例 |
微細配線・パターン | 表面形状段差ライン幅 | リソグラフィー工程後の配線形状確認加工精度の評価 |
トランジスタ・メモリ素子 | 導電性マッピングリーク電流の局所検出 | ゲート絶縁膜の破壊検出チャネル導電性のばらつき解析 |
デバイス界面pn接合部 | 表面電位仕事関数分布 | キャリア分布の可視化pn接合の内蔵電位評価 |
多層膜・絶縁膜構造 | 膜厚平坦性残渣確認 | CMP後の表面評価レジスト残渣や異物の検出 |
微細な配線パターンの評価では、AFMによって段差やライン幅の変化をナノスケールで正確に捉えられます。電子ビーム露光やエッチング工程において発生する微小な変形やレジスト残渣を視覚化し、製造プロセスのばらつきや異常を早期に検出。形状情報だけでなく、表面粗さや層間の段差も含めた三次元的な情報が得られるため、歩留まり改善に役立ちます。
導電性AFM(C-AFM)を用いると、トランジスタやメモリ素子のチャネル領域における局所導電性の分布をマッピングでき、リーク電流の経路やゲート酸化膜の破壊箇所を高精度に特定できます。これにより、デバイス故障の原因解明が容易になり、信頼性向上に向けた対策を講じやすくなります。
また、Kelvin Probe Force Microscopy(KPFM)は、pn接合やMOS構造のような複雑な界面における電位分布をナノスケールで可視化できる技術です。キャリアの移動や電荷の蓄積・再結合といった現象が視覚的にとらえられるため、デバイス構造の最適設計やプロセス制御において不可欠な手法として定着しています。
さらに、多層膜構造やCMP(化学機械研磨)後の表面評価にもSPMが有効です。AFMで取得した断面情報や表面の高さ分布から、膜厚の均一性や研磨残りの有無を確認できるほか、微小な異物や欠陥も検出できます。光学的手法では確認しにくい微細な凹凸や異常を非破壊で捉えられる点も、大きな強みとなっています。
このように、半導体分野におけるSPMの利用は、構造解析から電気特性の可視化、プロセスモニタリングにまで広がっており、研究開発と量産両方の現場で不可欠なツールとなっています。
SPMを用いた分析事例

ここでは学術論文やメーカー提供の技術資料に基づいた実例を紹介していきます。
ポリマー薄膜の相分離構造観察(AFM位相像)
高分子ブレンド膜の表面構造をAFMで観察した事例では、位相像を用いて異なるポリマー成分の分布が明瞭に分離されていました。高さ情報だけでは判断が難しい領域も、機械的性質の違いを可視化することでグッと解析しやすくなります。
細胞の弾性マッピング(フォースマッピングAFM)
バイオAFMを用いた細胞の弾性測定では、がん細胞と正常細胞の硬さの違いを定量的に可視化できたと報告されています。この手法は、細胞の状態や病変の識別に応用が期待されており、再生医療や創薬スクリーニングでも活用されています。
半導体表面の電位分布測定(KPFM)
pn接合を形成したシリコンウエハーをKPFMで測定した事例では、接合部における電位勾配が明確に検出されていました。電気特性の不均一性を視覚的に捉えられるので、工程改善の指標としても有効です。
SPMの応用と今後の可能性

走査型プローブ顕微鏡(SPM)は、材料・バイオ・電子デバイスなど多様な分野で活用されてきましたが、技術の進化により、さらに多機能・高速・自動化へと進化を遂げつつあります。
高速AFMによるリアルタイム観察
従来のAFMでは、1画像を取得するのに数分〜数十分かかることが一般的でした。高速AFMでは、1秒以下の時間で1画像を取得するので、分子や細胞の動態をリアルタイムで追跡できます。高速AFMは酵素反応や分子モーターの動きなど、動的プロセスの研究に革命をもたらしています。
マルチモーダル計測による複合情報の取得
1台の装置で複数の物性を同時に測定できるマルチモードAFMが登場し、形状と電気的特性、あるいは磁気特性と粘弾性などを並行して解析できるようになりました。結果として、複雑な材料の機能評価や相関解析が一段と効率化されています。
自動化とAIによる省力化・高精度化
測定条件の最適化や、画像のノイズ除去・物体認識といった作業には、AIを活用したソフトウェアの導入が進んでいます。以下のような測定に利用されていますが、初心者でも再現性の高い測定ができ、作業時間の短縮にもつながります。
- 自動フォーカス、探針制御、画像処理
- データベースによる異常検知・分類
- オンライン連携によるクラウド解析
新しい分野への応用拡大
ナノ材料やバイオ医薬だけでなく、エネルギー材料(燃料電池、二次電池)、食品科学、文化財分析などへの応用も広がっています。特に液中測定や非接触測定の進化により、これまで困難だった試料にも対応できるようになりました。
まとめ

走査型プローブ顕微鏡(SPM)は、表面形状から電気・磁気・力学・化学特性に至るまで、ナノスケールで多面的な情報を取得できる分析手法です。特にAFMやSTMといった代表的な手法は、それぞれに異なる原理と特徴を持ち、材料・バイオ・半導体などの先端研究において欠かせない存在となっています。
適切な測定モードと装置の選定で、高精度な解析をSPMで実現しましょう。
分析計測ジャーナルでは、走査型プローブ顕微鏡に関するご相談を受け付けております。お気軽にお問い合わせください。

ライター名:西村浩
プロフィール:食品メーカーで品質管理を10年以上担当し、HPLC・原子吸光光度計など、さまざまな分析機器を活用した試験業務に従事。現場で培った知識を活かし、分析機器の使い方やトラブル対応、試験手順の最適化など執筆中。品質管理や試験業務に携わる方の課題解決をサポートできるよう努めていきます。
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