TLC(薄層クロマトグラフィー、Thin-Layer Chromatography)は有機化学における分析手法の中で1番利用されます。短時間で反応の進行度合いや化合物の物性を判断できるので、TLCを用いた分析技術の習得は必須です。
この記事を読めば、展開溶媒の選び方や呈色試薬の使い方など、TLCに必要な基本的な知識を理解できます。
\リクナビやマイナビにない非公開求人も!? PR/
TLC分析の原理とは
TLC分析では、化合物のTLCプレートへの吸着度合いの違いを利用して分析を行います。TLCプレートは、支持体(ガラス板など)の上に担体が薄い膜状で固定されています。
展開溶媒の中に化合物をスポットしたTLCプレートを設置すると、毛細管現象が発生。溶媒が担体の合間を縫ってプレート上方へ移動し、同時にスポットも上方へ移動します。
しかし、化合物の極性や展開溶媒の極性により、TLCプレートへの相互作用の強さは異なりますよね。この差によってスポットの位置が異なるので、TLC分析を行うことで異なる化合物を分離可能です。
実験操作の手順やTLC分析により得られる情報について解説します。
TLC分析の手順
TLC分析の手順は以下の通りです。
- TLCプレートを用意
- 試料を溶かした溶液を用意
- 展開溶媒を準備
- TLCプレートに試料をスポットする
- TLCプレートを展開溶媒に浸す
- TLCプレートの上端近くまで展開溶媒が浸ったらプレートを引き上げる
- TLCプレートにUV照射や染色を行うことでスポットを確認する
展開溶媒を入れる専用の容器が販売されていますが、有機溶媒で腐食しなければ、100均で販売されている容器を使用しても大丈夫です。
スポットは重ね打ちする
TLC分析は簡便な分析手法なので、異なる化合物を分析してもRf値が同じになることがあります。
しかし、異なる化合物を同じ場所にスポットすれば、その化合物が同一のものかそうでないのか確認可能です。
2つの化合物で分析を行う場合、その両方を重ね打ちしたものも用意しましょう。重ね打ちをすることで、原料物質と生成物を判別できます。
スポットの確認方法
TLC分析を行うことで、試料中に含まれる複数化合物を分離できます。しかし、色素骨格を持たない限り、そのままでは分離された化合物を識別できません。
TLCプレートはあらかじめ蛍光指示薬を含んでいるものが多いです。そのため、プレートにUVなどを照射することで蛍光を発します。
しかし、化合物が芳香族環を持つ場合は254nm付近の波長を吸収するので、化合物のスポットは蛍光を発しません。
芳香族環を持つ化合物であれば、TLCプレートにUVを照射することでスポットを確認可能です。芳香族環を持たない場合は、呈色試薬で発色させて化合物のスポットを確認しましょう。呈色試薬については後で解説します。
TLC分析で得られる情報
TLC分析では、Rf値という数値を用いて評価します。Rf値の計算方法は図の通りです。試料と担体の親和性が高いほど試料と担体間に相互作用が強く働き、試料が担体の上を移動できないのでRf値は小さくなります。
例えば、シラノール基を含む未装飾シリカゲルを担体として用いた場合、極性が高い化合物はRf値が小さく、原点付近にスポットが現れます。
TLC分析を行うメリット
分析手法にはHPLCやMSなど様々な手法が存在します。それらと比べてTLC分析を行うメリットは、以下の3つです。
- 安価に分析を行える
- 分析操作が簡便かつ迅速
- 幅広い化合物を分析可能
安価に分析を行える
研究室の運営において、コスト削減は重要です。TLC分析は安価に分析できるので、研究にかかるコストを抑えられます。
例えば、アセトニトリル・超純水を用いてHPLC分析を行ったとします。溶媒を500mL使用した場合、1回の分析にかかる費用は約3,000〜4,000円です。
一方で、TLC分析は1回あたり100円以下で行えます。無駄なHPLC分析を行わず、TLC分析で代用すればコストカット可能です。
分析操作が簡便かつ迅速
TLC分析は簡便な操作だけで試料を分析できます。1回の分析に必要な時間もHPLCなどに比べて短いため、迅速な分析が必要な場合に真価を発揮します。
幅広い化合物を分析可能
TLC分析は簡便な操作でありながら、幅広い化合物を分析可能です。極性だけでなく、適切な呈色試薬を用いることで、置換基や含有元素の識別もできます。
TLCプレートの材質の種類
TLCプレートの担体には、主に以下の3つの材質が利用されます。それぞれの性質の違いや使い分けについて解説します。
- シリカゲル
- アルミナ
- ポリアミド樹脂
シリカゲル
シリカゲルはTLCプレートの担体として最も一般的です。シラノール基というケイ素原子にヒドロキシ基が結合した構造をとっています。
極性が高く、弱酸性であるため、塩基性物質や極性物質を強く吸着します。シリカゲルを担体とするプレートは、シラノール基を修飾したものも存在します。
化学修飾を施されたシリカゲルの具体例は、以下の2つです。
- ODS(オクタデシル)
- アミノ基修飾
ODS(オクタデシル)
シリカゲルに炭素数18の炭化水素基が結合しているので、ODS(オクタデシル)基は疎水性が高い構造です。
シラノール基の場合とは吸着性が逆になり、疎水性が高い化合物ほど担体への吸着度が高くなります。逆相TLCを行いたい場合に活用しましょう。
アミノ基修飾
シラノール基をアミノプロピル基で修飾したプレートも存在します。シラノール基は弱酸性ですが、アミノプロピル基が結合すると極性が弱まります。
塩基性物質との親和性が低くなるので、カテコールアミン類などの塩基性物質や中性物質の試料を分析するのに適したTLCプレートです。
アルミナ
シリカゲルの代わりに、表面をアルミナ(酸化アルミニウム)で覆ったTLCプレートも存在します。アルミナは中性なので、シラノール基では吸着するため適していない塩基性物質の分析も可能です。
ポリアミド樹脂
ポリアミド樹脂性のTLCプレートは、カルボン酸やフェノール類の分離に適しています。極性化合物を多く取り扱う研究室では採用する価値のあるTLCプレートです。
TLC分析における展開溶媒の選び方
担体の選び方も重要ですが、それ以上に展開溶媒の選び方は重要です。TLC分析における展開溶媒のファーストチョイスは、酢酸エチル/ヘキサンもしくはジクロロメタン/メタノールです。
ファーストチョイスの展開溶媒で多くの場合は上手くいきますが、それで失敗した場合の解決法も解説します。
酢酸エチル/ヘキサン
未修飾シリカゲルプレートを使用する場合、酢酸エチル/ヘキサン系は極性の低い化合物の分離に適しています。
まずは1:1の比率で展開溶媒を使用し、スポットの位置によりその比率を調節しましょう。Rf値が小さい場合は酢酸エチルの比率を上げ、Rf値が大きい場合はヘキサンの比率を上げます。
ジクロロメタン/メタノール
未修飾シリカゲルプレートを使用する場合、ジクロロメタン/メタノール系は極性の高い化合物の分離に適しています。
まずは9:1の比率で展開溶媒を使用し、スポットの位置によりその比率を調整しましょう。Rf値が小さい場合はメタノールの比率を上げ、Rf値が大きい場合はジクロロメタンの比率を上げます。
ファーストチョイス以外の展開溶媒は?
酢酸エチル/ヘキサン系、ジクロロメタン/メタノール系の展開溶媒で多くの場合はTLC分析を行えます。
しかし、極性がとても高いアミノ酸や、π-π相互作用が働く芳香族化合物の分析を行う場合などはうまくいきません。ファーストチョイスの展開溶媒でうまくいかない時の解決法を3つ紹介します。
- ブタノール/酢酸/水
- 酢酸エチル/トルエン
- 酢酸やトリエチルアミンを0.5%添加
ブタノール/酢酸/水
アミノ酸などの高極性化合物では、ジクロロメタン/メタノール系でうまくスポットが上がらない場合があります。その場合は、ブタノール/酢酸/水を展開溶媒として使用しましょう。
ブタノール/酢酸/水=4/1/1の比率から始めて、Rf値が小さい場合は展開溶媒の極性を上げていきます。
酢酸エチル/トルエン
π-π相互作用の影響が強い芳香族化合物の分離を行う場合、酢酸エチル/ヘキサン系ではうまく分離できません。
しかし、ヘキサンの代わりにトルエンを使用すれば、π-π相互作用が弱まり、うまく分離を行えることがあります。
酢酸やトリエチルアミンを0.5%添加
酸性化合物や塩基性化合物を分離する場合、うまく分離できず、テーリングすることがあります。
TLC分析でテーリングする主な原因は以下の3つです。
- スポットが濃い
- 塩基性化合物がシラノール基と相互作用している
- アミノ基修飾シリカゲルと酸性化合物が相互作用している
テーリングする場合は、まずはスポットが濃すぎないか確認しましょう。それでもうまくいかない場合は、展開溶媒に酢酸やトリエチルアミンを0.5%添加することでうまく分離できることがあります。
塩基性化合物がシラノール基と相互作用している場合、展開溶媒にトリエチルアミンを0.5%添加することで分離がうまくいくかもしれません。
TLCの呈色試薬まとめ
TLC分析では、極性の違いだけでは化合物の違いを認識できないこともあります。その場合に有効であるのが呈色試薬による染色です。
代表的な呈色試薬を紹介します。
- p-アニスアルデヒド
- リンモリブデン溶液
- ニンヒドリン溶液
- ドラーゲンドルフ溶液
- BCG(ブロモクレゾールグリーン)
- DNP(2,4-ジニトロフェニルヒドラジン)
- 塩化パラジウム
p-アニスアルデヒド
p-アニスアルデヒドはほとんどの有機化合物に有効な呈色試薬です。特に、求核性を持つ化合物の染色に適しています。
呈色の仕方は化合物ごとに異なるので、反応の進行度合いを確認可能です。
リンモリブデン溶液
リンモリブデン溶液もp-アニスアルデと同様に多くの化合物を染色可能です。中でもポリフェノール類の染色に適しています。
ニンヒドリン溶液
アミン類の染色に有効なのがニンヒドリン溶液です。
ニンヒドリン溶液で染色すると、第1級アミンは青紫に呈色します。第2級アミンとも反応して黄色に染まります。
ドラーゲンドルフ溶液
ドラーゲンドルフ溶液による染色は、第3級・第4級アミンの識別に有効です。ニンヒドリン溶液で染色を行えない場合に使用します。
BCG(ブロモクレゾールグリーン)溶液
BCG溶液では、カルボキシ基を含んだスポットが黄色に染色されます。エステルの加水分解でカルボン酸が生成した時などに使用可能です。
エステルとカルボン酸ではRf値が大きく異なるので、確認として使用するのが良いでしょう。
DNP(2,4-ジニトロフェニルヒドラジン)溶液
DNP溶液では、ケトンやアルデヒドなどのカルボニル基を持つスポットが黄色に染色されます。ヒートガン等で加熱すれば、アセタール等の識別も可能です。
塩化パラジウム
塩化パラジウムは、含硫化合物の染色に適しています。チオールやジスルフィド化合物などを確認する場合に使用しましょう。
PTLC【分取用TLC】
TLCでの分析を中心にここまで解説してきました。しかし、TLCでは分析だけではなく、化合物の分離を行えます。
TLCで分取を行う場合、担体が厚いTLCプレートを使用し、一般的にこれをPTLC(Preparative Thin-Layer Chromatography)と呼びます。
PTLCの使い方は、TLCとほとんど変わりません。PTLCで分取を行う場合、分析を行った後にスポット付近の担体をスポットごと掻き出します。担体と試料の混合物を得られるので、担体をカラムやMPLC等で精製することで目的化合物を単離可能です
研究費のコストカットにTLCは最適
HPLCやLC-MSはとても便利な分析手法です。しかし、それらを使用せずとも、TLCで分析を行える場合も多々あります。
展開溶媒や呈色試薬の使い方を習得すれば、かなり多くの有機化合物を分析可能です。TLC分析はコストがかからず幅広い化合物の分析を行えるので、研究費を抑えたい場合は積極的に活用しましょう。
\リクナビやマイナビにない非公開求人も!? PR/
ライター:吉野克利
プロフィール:名古屋市立大学薬学部出身、専攻分野は有機化学。
「光に反応して分解する化合物の合成および機能評価」の研究をしています。
様々な分析機器を使用した経験を持ち、実験や研究などで得た知識をより多くの研究者の役に立てるようお伝えしていきます。
旅行が趣味で、カメラ片手に全国を駆け巡っています。
記事をシェアする