
走査型プローブ顕微鏡(SPM)は、ナノスケールの表面構造や物性を可視化できる先端分析装置として、多くの研究機関や企業で活用されています。近年では、材料開発、半導体デバイス評価、バイオイメージングなど幅広い分野において、光学顕微鏡や電子顕微鏡では把握できない微細な情報を取得する手段として注目が集まっています。
一方で、SPMは用途に応じてさまざまな方式・構造・測定モードが存在しており「とりあえず高性能なモデルを選ぶ」といった導入方法では、思うような測定結果が得られないことも少なくありません。試料の材質や測定環境、解析したい情報の種類によって、最適な機種やモードがまったく異なるため、導入前にしっかりとした比較検討が求められます。
さらに、メーカーごとに得意分野や技術的な特長にも違いがあり、製品選びの際はスペックだけでなく、サポート体制や自動化機能、ソフトウェアの使い勝手といった実務的な視点も考慮が必要です。
本記事では、SPMの導入・活用するためのポイントを解説します。また具体的な製品も紹介するので、機器選びの参考になります。
分析計測ジャーナルでは、走査型プローブ顕微鏡に関するご相談を受け付けております。お気軽にお問い合わせください。
SPMとは?基本原理と測定のしくみ

走査型プローブ顕微鏡(Scanning Probe Microscope:SPM)は、微細な探針(プローブ)を試料表面に近づけ、その相互作用を検出して、ナノスケールの形状や物性を可視化する顕微鏡です。光を使う光学顕微鏡や、電子線を使う電子顕微鏡とは原理が異なり、物理的な接触や力の変化を利用して表面の詳細な情報を取得するという特長があります。
最適なSPMの選び方

走査型プローブ顕微鏡(SPM)にはさまざまな方式や測定モードが存在し、それぞれ対応できる試料や得られる情報が異なります。そのため、装置を選定する際は、単純なスペックや価格だけでなく
- 何を測定したいのか
- どのような試料を扱うのか
- どの環境で使うのか
といった観点から、用途に応じた機種選びが重要です。ここでは、代表的な用途に分けてSPMの選び方を整理します。
測定対象(試料の種類)から選ぶ
最初に考慮すべきなのは、観察・分析したい試料の種類です。以下のように導電性や機械的性質によって、最適な方式が異なります。
試料の特徴 | 適した方式・モード |
導電性あり(金属・半導体など) | STM、C-AFM、KPFM |
導電性なし(樹脂・セラミック・高分子) | AFM(コンタクト・タッピング) |
柔らかい試料(ゲル・細胞・バイオ材料) | AFM(低荷重フォースモード) |
表面構造が荒い試料 | AFM(長ストロークスキャナ対応モデル) |
STMは電流の流れる試料でしか使えませんが、AFMは非導電性・導電性の両方に対応できるので、幅広い試料測定に向いています。
得たい情報から選ぶ
単に形状を見るだけでなく、電気的・機械的・磁気的・化学的な特性まで測定したい場合は、目的に応じたモードを選びましょう。
測定項目 | 推奨モード |
表面の凹凸、粗さ | AFM(トポグラフィ) |
局所硬さ・弾性率 | フォースカーブ、ナノインデンテーション |
導電性マッピング | C-AFM、EC-AFM |
表面電位・仕事関数 | KPFM(ケルビンプローブ力顕微鏡) |
磁気分布 | MFM(磁力顕微鏡) |
化学組成、分子識別 | TERS、AFM-IR、SNOMなどのハイブリッドモード |
複数の物性を同時に評価したい場合は、マルチモード対応のAFMを選ぶと、分析の幅が広がります。
測定環境に合った装置を選ぶ
SPMは非常に高感度な装置なので、使用する環境との相性が重要です。設置場所の条件や測定中の外的影響によって、取得できるデータの信頼性が左右されることも珍しくありません。装置を選ぶ際は、どのような環境で、どのような試料を測定したいのかを明確にしておく必要があります。
たとえば以下のようなケースでは、それぞれに適したモデルやオプションの有無が選定のポイントです。
液中で観察したい場合
バイオ試料や溶液中の反応を対象とする研究では、液セルに対応したAFMが欠かせません。測定中も試料を濡れた状態に保つことで、より自然な環境下での観察が可能です。
温度変化の影響を追いたい場合
材料の熱変化や相転移を観察する際は、温度制御ユニットを備えた装置が有効です。加熱・冷却を正確に行える機種なら、熱応答の定量解析にも対応できます。
動きのある試料をリアルタイムで捉えたい場合
高速AFMは、構造変化や分子の動きを連続して記録したいときに力を発揮します。スキャン速度が速いため、時間分解能が求められる観察に適しています。
設置スペースが限られている場合
研究室内のスペースが限られている場合は、筐体がコンパクトで防振機能を一体化したモデルを選びましょう。省スペースでありながら、性能面でも妥協せずに運用できますよ。
多彩な派生モードで広がるSPMの可能性

SPMは、単に表面の形状を観察するだけでなく、導電性・磁気・機械特性・化学組成など、さまざまな物性を評価できる点が大きな魅力です。これを支えているのが、装置に搭載された各種の派生モードです。ここでは代表的なモードとその具体的な活用例をまとめたので参考にしてください。
モード | 測定対象 | 主な用途 |
C-AFM(導電性AFM) | 局所導電性 | リーク電流検出キャリア輸送評価導電性の均一性チェック |
KPFM(表面電位顕微鏡) | 表面電位(仕事関数) | キャリア分布解析電位プロファイル表面処理後の変化追跡 |
MFM(磁力顕微鏡) | 磁気ドメイン局所磁場 | 磁気記録媒体やスピントロニクス材料の磁気特性評価 |
TERS/AFM-IR(分光複合) | 化学組成分子識別 | ポリマー相分離細胞内バイオマーカー分子レベルの成分解析 |
高速AFM | 動的変化のリアルタイム観察 | 分子モーターの動作追跡酵素反応細胞膜変化の可視化 |
SPMの派生モードは、表面の形状だけでなく「試料がどんな機能を持っているか」「どのように振る舞うか」といった、より本質的な情報を引き出すために欠かせません。研究目的に応じてモードを柔軟に使い分けると、分析の深みと精度が飛躍的に高まりますよ。
主要メーカー別おすすめSPM製品の特徴

走査型プローブ顕微鏡(SPM)の性能や操作性は、メーカーによって大きく異なります。装置のスペックだけでなく「どの分野に強いのか」「サポート体制はどうか」「自動化・拡張性の対応レベルは?」といった観点でも比較検討が必要です。このセクションでは、代表的な国内外メーカーをピックアップし、それぞれの特徴とおすすめポイントを紹介します。
Shimadzu(島津製作所)
Shimadzu(島津製作所)は、分析機器全般において世界的な評価を受ける総合メーカーで、SPM分野でも独自の技術力を活かした製品を展開しています。SPM-8100FMは、FM(周波数変調)方式を採用し、大気中や液中での観察においても真空型SPMに匹敵する高分解能を実現しています。ノイズレベルを従来比1/20に低減し、固液界面の水和・溶媒和構造の三次元解析も可能です。また、Pt触媒粒子の表面電位測定など、KPFMによる高精度な物性評価にも対応しています。
SPM-Nanoaは、レーザー光軸調整や観察条件設定、画像処理を自動化し、操作の簡便化とデータの再現性向上を実現しています。光学顕微鏡とSPMの一体型設計により、ターゲットの迅速な探索が可能で、多彩な観察モード(形状、機械特性、電磁気特性など)にも対応しています。SPM-9700HT Plusは、新開発のHTスキャナを搭載し、従来機比で5倍以上の高速スキャンを実現しています。観察条件の自動最適化機能「NanoAssist」により、オペレーターの経験に依存せず安定して観察できるようになりました。また、物性マッピングの時間短縮や多彩な測定モードへの対応で、研究効率がアップします。
島津製作所は全国に技術サポート拠点を展開しており、導入後のトラブル対応や定期メンテナンス、測定支援まで一貫したサポート体制が整っています。長期的な設備投資として安心できる点も大きな強みといえるでしょう。
Bruker
Brukerは、AFM市場において世界最大級のシェアを誇るトップメーカーです。高度な研究開発から教育現場まで幅広く対応するラインナップを揃え、性能・信頼性・操作性のバランスに優れた製品を展開しています。
中でも代表的な製品「Dimension Icon」は、再現性と分解能に定評があり、多くの大学・研究機関・企業のR&D部門で使用されています。また「NanoWizard」シリーズは、液中環境下での観察やナノ力学測定にも対応し、バイオ分野での応用にも強みを持っています。
柔軟な測定モードの切り替えやマルチモード対応で、トポグラフィ測定、粘弾性マッピング、導電性評価、磁性分析まで1台でカバーします。技術的なサポート体制が整っており、解析ノウハウも豊富です。
Park Systems
Park Systemsは、AFMの高精度測定技術に加え、自動化機能の分野でも高い技術力を誇るグローバルメーカーです。特に「Park NX10」や「NX-Hybrid」シリーズは、ナビゲーションガイドや自動プローブ交換機能を備え、初心者でも安定した測定が可能な設計となっています。
高速スキャンとフォースマッピングを融合させたハイブリッド機能を搭載し、微細構造の詳細観察から力学特性の解析まで一貫して行える点も強みです。また、フィードバック制御の精度が高く、外部振動の影響を受けにくいため、安定性が求められる生産現場やクリーンルーム内での使用にも適しています。
半導体分野への対応も強く、ウエハー検査に特化した「NX-Wafer」などの専用機種も展開。量産化・自動化を見据えた導入を考えるなら、候補に挙げたいメーカーの一つです。
Anton Paar
オーストリアの老舗メーカーAnton Paarは、もともと粘度計や物性測定機器の分野で知られていますが、SPM関連の製品も積極的に展開しています。特に教育・研究入門用に設計された「Tosca」シリーズは、手頃な価格と高い操作性から、多くの教育機関で採用されています。
Anton PaarのSPMは小型で省スペースな設計に加えて、直感的なタッチ操作によるUIを搭載。粗さやトポグラフィ測定に特化しており、標準的なAFM測定にピッタリです。高度な物性モードは限定されますが、その分メンテナンス性に優れ、複雑な設定を必要としない点が導入のハードルを下げています。
初めてAFMを扱う研究室や、学生教育用の装置としては非常に扱いやすく、入門機として適した選択肢です。
Hitachi High-Tech(日立ハイテク)
Hitachi High-Tech(日立ハイテク)は、電子顕微鏡分野で長年の実績を持つ国内メーカーです。特に注目すべき製品は「AFM5300E」で、高剛性ステージと高精度スキャナを搭載し、原子レベルの形状観察から機械的特性のマッピングまで、多目的に活用できる万能機です。表面形状の再現性にも優れており、研究用途だけでなく品質管理の現場でも導入が進んでいます。
さらに日立ハイテクでは、AFMの単独観察にとどまらず、SEM-AFM複合解析やAFMと白色干渉顕微鏡を組み合わせた多層的な分析環境づくりにも力を入れています。表面の形状だけでなく、光学的・電気的・力学的性質まで多角的に評価できる環境で分析できます。
また、国内メーカーならではの素早い保守対応や技術サポートの手厚さも大きな魅力。トラブルの際も日本語で対応が受けられるので安心です。
導入前後に確認すべき実務面のポイント

走査型プローブ顕微鏡(SPM)を研究現場で最大限に活用するには、装置そのものの性能だけでなく、導入前後の環境整備や使用体制の仕組みづくりも不可欠です。どれほど高精度な装置を導入しても、設置条件や操作スキル、保守体制が整っていなければ、その能力を十分に発揮することはできません。
ここでは、SPMの安定運用を実現するために、事前に確認すべき3つの実務的な観点について整理します。
設置環境と設備条件を見直す
SPMは、非常に微細な物理量を扱う精密機器なので、外部環境からの影響を受けやすいです。測定中のわずかな振動や温度の変化、電磁ノイズさえも、取得データに大きく影響を与える可能性があります。特にSTMでは、トンネル電流の安定確保が重要で、環境制御は極めて厳密に行わなければなりません。
装置を設置する前には、以下のような条件をあらかじめ確認しておきましょう。
振動対策としては、防振台の導入や床構造の確認が重要です。コンクリート床など、揺れにくい構造が理想的です。また、空調による気流や急激な温度変化が起こらないよう、測定室内の空調環境にも配慮が必要です。
電源環境については、SPM専用の安定した電源を確保し、電源ノイズの影響を抑えるフィルターやグラウンドの整備も検討しておきたいところ。さらに、測定中の精度を保つためには、室内の遮光・遮音性も確認しておくと安心です。
操作性とユーザー教育の体制を整える
SPMは、測定パラメータの設定や探針の扱いひとつで、結果が大きく変わるデリケートな装置です。そのため、使用者が装置の特性や操作方法をしっかり理解していることが求められます。
もし初心者が操作する場合には、直感的に使える操作システムであることや、自動化された測定機能が充実しているかといった点も、機種選びの重要な要素です。プリセット測定や自動プローブアライメント機能がある機種であれば、操作ミスの防止にもつながります。
また、研究室など複数人が同じ装置を共有する場合は、測定メソッドの統一や教育体制の整備も大切です。操作マニュアルの整備や、測定履歴・設定条件の記録が残せる機能があると、トレーニングや引き継ぎがスムーズに進むでしょう。
メーカーや代理店が提供する講習プログラムやトレーニングサービスの有無も、選定時に確認しておくと安心です。
保守・サポート体制とランニングコストを把握する
SPMは、高精度を長期間維持するために、定期的な点検や消耗部品の交換が欠かせません。たとえば探針や液セルといった部品は消耗が早く、継続的な運用を考えると、維持にかかるコストや供給の安定性を把握しておく必要があります。
また、装置本体や制御ソフトのバージョンアップ、センサーユニットの交換、ドリフト補正といったメンテナンス項目も含めると、初期投資以上に運用コストの差が効いてくる場面も少なくありません。
導入前に確認しておくべき点は、年次点検や校正サービスの有無とその費用、消耗品の納期や在庫体制、そして何かトラブルが起きた際のサポート対応スピードです。とくに海外製装置の場合、部品調達や技術対応に時間がかかることもあるため、国内代理店や技術スタッフの体制が整っているかを事前に確認しておくと安心です。
長期にわたって安定した運用を続けるには、単に装置のスペックだけでなく、保守対応の柔軟性や運用コストの見通しを含めた「現実的な導入計画」が不可欠です。
初めての導入に役立つチェックリスト

SPMの導入を成功させるためには、「どんな試料を測りたいのか」「誰が使うのか」「どこに置くのか」「どのくらい使うのか」といった要素を、できるだけ具体的に言語化しておく必要があります。以下のチェックリストを使って情報を整理しておけば、メーカーとの打ち合わせや社内の設備選定でもスムーズに話を進められます。
導入時に確認しておきたい5つの視点
チェックしておきたいポイントを5つの視点からまとめました。
測定対象と取得したい情報は明確か?
- 試料は導電性があるか、柔らかいか、粘着性があるか
- 表面の形状だけでなく、電気・磁気・機械的特性も測定したいか
- 表面電位や化学組成のマッピングが必要かどうか
- 測定環境として気中、液中、真空など、どの条件が求められるか
操作体制や使用頻度に無理はないか?
- 使用者にSPMの経験があるか、またはトレーニングが必要か
- 研究室で複数人が装置を使う予定があるか
- 測定の再現性やスループットが重視されるか
- 自動測定機能や測定履歴の保存が必要か
設置条件に適した装置か?
- 装置を置くスペースや床構造に問題はないか
- 防振、遮光、静電対策は必要か
- 電源ノイズや周辺機器との干渉は起きにくいか
- 空調や温度変化の影響が少ない環境かどうか
維持費・保守体制が無理なく続けられるか?
- 探針やセルなど消耗品の価格や入手性はどうか
- 年次点検や校正が必要な頻度と費用を把握しているか
- メーカーまたは代理店のサポート対応は迅速か
- 導入後に追加費用が発生する可能性を見込んでいるか
メーカーや製品選定は納得して決めたか?
- 自分の研究分野での実績や信頼性があるメーカーか
- 標準搭載のモードで目的をカバーできるか
- 拡張性(追加モード、ソフト連携)は十分か
- 導入事例やレビューを参考にしているか
- 実機デモや相談会に参加して、比較検討を行ったか
これらのチェック項目をもとに、ひとつひとつ丁寧に条件を整理しておけば、導入後のトラブルやミスマッチを未然に防げます。実際に装置を選ぶときは、メーカーごとの強みやサポート体制も比較材料に加え、研究環境にもっともフィットする1台を選ぶ視点が大切です。
まとめ

走査型プローブ顕微鏡(SPM)は、AFMやSTMをはじめとする方式により、ナノスケールで試料の形状や物性を可視化できる高度な測定装置です。
導電性・磁気・機械特性・化学組成など、目的に応じた派生モードが豊富に用意されており、研究分野ごとに適した機種選びが求められます。導入にあたっては、試料の性質や測定環境、操作するユーザーのスキルに応じた運用体制、さらに長期的なサポート体制まで含めて総合的な検討が重要です。SPMは、単なる観察機器ではなく、研究の可能性を広げるための戦略的なツールです。研究テーマに合った最適な1台を見極めると、より高い成果につながるでしょう。
分析計測ジャーナルでは、走査型プローブ顕微鏡に関するご相談を受け付けております。お気軽にお問い合わせください。

ライター名:西村浩
プロフィール:食品メーカーで品質管理を10年以上担当し、HPLC・原子吸光光度計など、さまざまな分析機器を活用した試験業務に従事。現場で培った知識を活かし、分析機器の使い方やトラブル対応、試験手順の最適化など執筆中。品質管理や試験業務に携わる方の課題解決をサポートできるよう努めていきます。
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