
かつて蒸留といえば、すべて人の手で行うのが当たり前でした。私も現場でその作業を担当していましたが、蒸留が始まると装置の前から離れられず、時間に追われる日々が続いていたのを覚えています。高温の蒸気や強酸・強アルカリを扱うため、常に緊張が張りつめ、作業が終わる頃にはぐったりと疲れ果てていました。
しかも熟練度によって結果が変わるため、他部署から指摘を受けることもあり「自分のやり方は本当に正しいのか」と不安を抱えながら作業していた時期もあります。そんな現場を一変させたのが、自動蒸留装置の導入でした。作業効率が劇的に改善され、品質も安定していきます。
そこでこの記事では、導入を経験した立場から、自動蒸留装置がもたらした変化と、装置選定のポイントをお伝えしますので、ぜひ参考にしてください。
分析計測ジャーナルでは、自動蒸留装置に関するご相談を受け付けております。お気軽にお問い合わせください。
手作業蒸留の課題と限界

私たちの現場では、食品中のタンパク質量を測定するためにケルダール法を日常的に用いていました。
分解後の蒸留工程は、窒素成分をアンモニアとして揮発させ、回収液に移す重要なステップです。この工程は分析結果の正確性を左右するため、作業者が蒸気の状態を目視しながら慎重に操作しなければならず、1回の蒸留に約60分を要していました。
手作業による蒸留は時間・安全性・作業負担のいずれにおいても大きな課題を抱えていたのです。
時間と手間がかかる工程
手動による蒸留作業は、開始から終了まで常に装置を監視する必要があります。
温度計や冷却水の流れを一瞬でも見落とせば、結果が狂うだけでなく、事故につながる危険もありました。作業が始まると、実験台から一歩も離れられません。一度に複数の試料を処理することは難しく、1回の蒸留が終わるまでただ待つ時間が続きます。
特に繁忙期はつらいものでした。蒸留を終わらせた後に別の業務を進めようとすると、残業が増え、気がつけば終業時間を何時間も過ぎていることも。作業が終わる頃には腰も肩も痛く、精神的にもくたくたになっていました。
「また明日も同じ作業が待っているのか…」と考えると、疲労感がさらに増していたのを覚えています。
作業者による品質のばらつき
手作業の蒸留では、作業者のちょっとした判断が結果を左右します。加熱のタイミングや終点の見極めは経験がものをいうため、熟練者と新人とでは結果に差が出やすいのです。
私も新人の頃は、終点判断に迷うたびに先輩へ相談していました。しかし、先輩によってアドバイスが微妙に異なるため、「どちらが正解なのだろう」と悩むことも多かったです。
その結果、同じ試料を複数人で測定すると数値が揃わず、「原因を調べてほしい」と依頼が来ることもありました。
原因調査のために再試験を行うと、その分だけ時間も試薬も消費します。「正しい手順を踏んでいるはずなのに…」というもどかしさと、クレーム対応に追われる焦りが重なり、現場全体が疲弊していきました。
安全面での不安
蒸留作業は、危険と隣り合わせです。高温の蒸気が噴き出す瞬間や、強酸・強アルカリ性の試薬を扱う場面では、常に細心の注意が求められます。
実際、私も新人時代に冷却水の流れが止まってしまい、慌てて処置をした経験があります。幸い大事には至りませんでしたが、そのときの冷や汗は今でも忘れられません。
また、教育面でも課題がありました。新しく配属されたスタッフに安全な作業を教えるには、長い時間をかけて付きっきりで指導する必要があります。しかし現場は常に人手不足。十分な教育時間を確保できず、不安を抱えたまま作業に入る新人も少なくありませんでした。
「安全を優先すると作業が遅れる」「スピードを重視すると事故が怖い」という葛藤は、常に現場を悩ませていました。
このように、手作業の蒸留には効率・品質・安全の3つの面で大きな課題がありました。そこで次章では、自動化を検討するきっかけとなった出来事を紹介します。
自動化を検討するきっかけ

「手作業ではもう限界だ」
そう感じる瞬間は一度や二度ではありませんでした。ここでは、自動蒸留装置の導入を本格的に考え始めた背景と、現場で交わされたやりとりを振り返ります。
慢性的な人員不足と業務負荷
私が勤めていた部署は、常に人手が足りない状態でした。
蒸留作業は1回あたりの時間が長いため、作業者が装置につきっきりになります。すると、残りのスタッフで他の分析業務や書類作成を回さなければならず、仕事が終わる頃には誰もが疲れ果てていました。
特に年度末や繁忙期は悲惨で、蒸留が終わったあとも別の試験や報告書作成が山積み。夜遅くまで残業が続くのが当たり前になり、家庭と仕事の両立が難しくなる人も出てきました。
私自身も、帰宅が深夜になる日が続き、翌朝の出勤時にはすでに疲労困憊ということも珍しくありませんでした。
そんな状況を見かねた上司が「このままでは誰かが倒れる。根本的な対策が必要だ」と口にしたのが、自動化を検討する最初のきっかけでした。
品質保証体制への外部要求の高まり
人手不足に加えて、外部からのプレッシャーも強まっていました。取引先からは「測定結果をより高精度で安定させてほしい」という要望が増え、さらにISO認証の更新審査では再現性や作業記録に関する細かな指摘が相次ぎました。
当時の手作業では、担当者によるわずかな判断の違いが結果に影響します。実際に、顧客からのクレームで再試験を行った経験もあります。
そのたびに「もっと安定した測定環境を整えなければ」という焦りが強くなっていきました。
ある監査の日、審査員から「この工程は属人化のリスクが高い。自動化を視野に入れてはどうか」と指摘を受け、現場全体がハッとさせられた瞬間を今でも覚えています。
装置選定で重視したポイント
私たちが装置選定で重視したのは、操作性・メンテナンス性・コストバランスでした。
操作性については、現場で継続的に使いこなせる装置かどうかを判断するため、以下の点を重点的に確認しました。
- タッチパネルの視認性(文字サイズ・配色・表示項目の分かりやすさ)
- ボタン配置の合理性と、迷いなく操作できる導線設計
- 初めて扱うスタッフでも、マニュアルに頼らず直感的に操作できるか
長期運用のカギとなるメンテナンス性も重要です。消耗品の交換や清掃が複雑だと、現場では「使いにくい装置」という評価になります。そのため、次の点を細かく確認しました。
- 消耗品交換の手順と所要時間(工具の有無・交換部のアクセス性)
- 定期点検の頻度と、現場で対応可能かどうか
- メーカーのサポート体制(問い合わせ対応・技術者の派遣スピード・部品の入手性)
そして、いくら現場がラクになるとはいっても金銭面での負担は避けられません。コストバランスも大切な要素です。そこで、初期費用だけで判断せず、総コストで比較する視点を採用しました。
| 検討項目 | 検討内容 | リスク |
|---|---|---|
| 初期導入費 | 装置本体価格、設置工事費 | 導入判断が初期費用のみに偏る可能性 |
| ランニングコスト | 消耗品、水・電力、保守費用 | 長期負担が膨らむリスク |
| 運用効率 | 作業時間削減・人件費圧縮 | 自動化効果を数値化し、投資効果を試算 |
自動化導入の背景にあった現場の課題としては「人員不足により、一人あたりの作業負担が増大」という状況に加えて「分析精度への要求が高まり、属人化のリスクを回避する必要性が増加」したことが挙げられます。そして「手作業のままでは品質と効率の両立が困難」という結論に至りました。
こうした現実を前に、自動蒸留装置は「贅沢な設備」ではなく、現場を守るための必然的な選択肢であると確信するようになった、というわけです。
ここまでは装置選定の視点を整理してきました。次章からは、導入後の現場で起こった変化を紹介していきます。
導入後に実感したメリット

ついに自動蒸留装置が現場に導入されました。
初めて試運転を行った日のことを、今でも鮮明に覚えています。「本当にうまく動くだろうか」「手作業よりも良い結果が出るのだろうか」という期待と不安が入り混じる中、ボタンを押した瞬間に装置が自動で動き始めたときは、思わず息を呑みました。
ここでは導入後に感じた変化を、現場目線で詳しく振り返ります。
作業時間が大幅に短縮
食品中のタンパク質を定量するケルダール法では、試料を硫酸で分解した後、アルカリで中和し、蒸留によってアンモニアを揮発させて回収液へ移します。この蒸留工程は分析結果の精度を左右する重要なステップであり、食品分析・品質管理の現場では毎日のように行われています。
従来の手作業による蒸留では1検体あたりの蒸留時間は約60分で、しかも次のように負担が大きいものでした。
- 蒸気の立ち上がりや冷却水の流速を作業者が常時監視
- 中和後の発泡や噴きこぼれを防ぐため、目を離せない緊張状態が続く
たとえば10検体の分析を行う日には、1日のほぼ全てを蒸留装置の前で過ごすことになり、他の分析・報告書作成・結果検証といった業務が後回しになるケースも珍しくありませんでした。
ところが、自動蒸留装置を導入することで劇的に作業環境が変わったのです。
| 項目 | 導入前(手作業) | 自動蒸留装置導入後 |
|---|---|---|
| 1検体の蒸留に必要な作業時間 | 約60分すべて付きっきり | 設定に約10分+終了確認に約5分 |
| 作業者の拘束時間 | ほぼ100%拘束 | 実質15〜20%程度 |
| 10検体処理の場合 | 8時間以上を蒸留に費やす | 実作業:約2時間/残り時間は他の業務に充当可能 |
つまり、作業者の拘束時間は従来の5分の1以下に短縮され、蒸留中の待機時間を再分析や記録作業など“手を動かす業務”に活用できるようになりました。
このように、自動蒸留装置の導入は単に「時間が短くなる」という表面的な改善ではなく、分析業務の流れそのものを再設計できるレベルの変化をもたらします。
再現性の高い結果が安定して得られる
自動化によって、測定値の安定感が大きく変わりました。手作業時代は担当者の判断や操作のクセが結果に影響し、同じ試料でも数値が微妙に異なることがありました。
導入後はボタン一つで蒸留条件が統一されるため、結果がブレにくくなりました。
あるとき、手作業と自動化後のデータを比較したところ、標準偏差が目に見えて低下していました。 「この数値なら外部監査でも胸を張れる」と、品質管理部長が感嘆していたのを覚えています。
クレーム対応の件数も減少しました。
以前は再試験や原因調査に追われていた時間を、今では新しい分析法の検討や品質改善活動に充てられます。現場全体が前向きに動き出したと感じました。
安全性の向上
蒸留作業における安全面の変化は想像以上でした。手作業では高温の蒸気や強酸・強アルカリを扱うため、わずかな油断が重大な事故につながる可能性がありました。
導入後は、危険な部分を装置が自動で制御してくれるため、作業者が直接危険にさらされる場面が大幅に減少。蒸気の噴出や試薬の取り扱いに対する緊張感が和らぎ、「怖さ」を感じながら作業することがなくなりました。
ヒヤリハット報告も激減しました。以前は月に数件あった小規模なトラブルが、導入後はほとんどゼロに近づいたのです。作業者同士の会話も「あの場面は危なかった」という反省から、「今日は安心して作業できたね」という前向きな言葉に変わっていきました。
教育・引き継ぎが容易に
自動蒸留装置が入る前は、新人教育に膨大な時間をかけていました。終点判断や加熱のコツなどは言葉で伝えるのが難しく、習得には長い時間が必要だったのです。
しかし導入後は、操作手順が明確になり、画面表示に従って進めるだけで標準的な結果が出せるようになりました。「このボタンを押したら、あとはこの表示が出るまで待つ」というシンプルな説明で済むため、教育担当者の負担も大幅に軽減。
新人が短期間で一人前になれる環境が整いました。属人化から解放されたことで、急な人員異動や休暇にも柔軟に対応できるようになり、チーム運営が安定したのも大きなメリットでした。
組織全体への波及効果
自動化の効果は、蒸留業務だけにとどまりませんでした。作業時間が短縮された分、他の分析や改善活動に時間を回せるようになり、研究開発のスピードも上がりました。
また、クレーム対応に追われることが減り、チーム全体が前向きに議論できる環境が整いました。「新しい分析法に挑戦しよう」「試験の精度をもっと上げよう」という声が増え、現場の雰囲気が活気づいていったのです。
自動化は単なる効率化ではなく、組織文化を変えるきっかけにもなりました。今では、蒸留工程を完全に手作業へ戻すことなど、誰も考えられません。それほどまでに、自動蒸留装置は私たちの現場に欠かせない存在になりました。
BÜCHI Kjel Line が変えた現場

引用元:Kjel Line紹介ページ
私たちが導入した装置が、BÜCHI社の「Kjel Line」です。この装置は、窒素定量を中心に幅広い分析に対応できる自動蒸留装置で、現場の作業負担を大きく減らしてくれました。BÜCHI Kjel Lineの特徴とメリットは、以下のとおりです。
- 蒸気出力を10〜100%で可変制御できるため、試料特性に合わせた設定が可能
- 蒸留の開始から終了までをセンサーが自動認識し、最適なタイミングで制御
- 冷却水や試薬の使用量を最適化し、ランニングコストを削減
- 安全センサー(冷却水流、圧力、試料管配置など)を搭載し、事故リスクを最小化
- 自動滴定機能で終点判断ミスをなくし、作業精度アップ
初めて使用したときは、タッチパネルの直感的な操作性に驚きました。ボタンを押すだけで装置が判断してくれるので、「ここで止めるべきか」という迷いがなくなり、安心して任せられます。
ある新人スタッフは「初めてでもスムーズに使えた」と話していました。以前は終点判断をめぐって先輩と意見が分かれることもありましたが、Kjel Line導入後はそのような場面がなくなり、現場の雰囲気も穏やかになったのを覚えています。
導入時に直面した課題と解決策

自動蒸留装置を導入したことで多くの課題は解消されましたが、最初から順風満帆というわけではありませんでした。ここでは、導入の過程で直面した問題と、その乗り越え方を振り返ります。
予算確保と社内説得の壁
最初の関門は、導入コストの高さです。自動蒸留装置は決して安い買い物ではなく、上層部から「本当に必要なのか」と問われることも多くありました。当初は私自身も、予算申請のための資料作成に追われ、何度も説明を繰り返したのを覚えています。
現場の作業負荷や安全面のリスク、品質管理上の問題点を、数値や実際のデータとともに示すことで、少しずつ理解を得られるようになりました。
特に、導入後の効率化による時間削減効果やクレーム対応の減少によるコスト削減見込みは、経営層の関心を引くポイントでした。最終的には「この装置は現場を守るための投資だ」という考えが共有され、導入が認められたときはとても嬉しかったです。あのとき、現場スタッフと管理部門が一丸となって資料を作り込んだ経験は、今でも強く印象に残っています。
操作習得への不安と現場教育
装置が届いたとき、現場には期待と同じくらい不安もありました。「本当に使いこなせるだろうか」「もし操作を間違えたら…」といった声が上がっていたのです。
初期研修では、メーカーの担当者に何度も足を運んでもらい、実際の試料を使いながら練習を重ねました。最初は慎重すぎて時間がかかりましたが、回数を重ねるうちに少しずつ手順が体に馴染んでいきました。
研修後は、社内マニュアルを整備し、操作方法を共有する体制を構築。写真入りの手順書やチェックリストを作成したことで、教育担当者の負担が軽減され、新人も短期間で基本操作を習得できるようになりました。
当時を振り返ると、「誰でも安心して操作できる仕組みを作ること」が、装置導入を成功させるカギだったと感じています。
設置環境と設備調整の課題
導入にあたり、物理的な設置環境にも問題がありました。自動蒸留装置はある程度のスペースが必要で、排気設備や電源容量も十分に確保しなければなりません。
当初は、実際に設置してみて初めて分かる不具合がいくつもありました。冷却水の配管が想定と合わず追加工事が必要になったり、排気ダクトの位置を微調整したりと、予想外の手間がかかりました。
こうした経験から、事前の現場調査が非常に重要であると痛感したのです。現在では、導入を検討する段階で詳細なチェックリストを作成し、設備条件を一つずつ確認するようにしています。
まとめ

導入して半年後、現場には大きな変化がありました。作業時間が短縮され、残業が減ったことでスタッフの表情が明るくなったのです。
さらに、データの再現性が向上したことで、取引先からの信頼も高まり、クレーム対応に追われる日々が過去のものとなりました。「もう手作業には戻れない」という言葉が、現場から自然に出てくるようになったのです。
私たちの経験が、同じように導入を迷っている現場の後押しになれば幸いです。まずはメーカーに問い合わせ、実機デモや試算を通じて、自分たちの現場に合った装置をじっくり見極めてください。その一歩が、働き方を根本から変えるきっかけになります。
BÜCHI社のKjel Lineを取り上げて紹介しましたが、ここでお伝えしたかったのは単に製品の特徴を紹介することではなく、現場が抱える課題をどう解決するかという視点です。
装置選びの参考として、ぜひじっくり検討してみてください。
分析計測ジャーナルでは、自動蒸留装置に関するご相談を受け付けております。お気軽にお問い合わせください。

ライター名:西村浩
プロフィール:食品メーカーで品質管理を10年以上担当し、HPLC・原子吸光光度計など、さまざまな分析機器を活用した試験業務に従事。現場で培った知識を活かし、分析機器の使い方やトラブル対応、試験手順の最適化など執筆中。品質管理や試験業務に携わる方の課題解決をサポートできるよう努めていきます。
記事をシェアする