ヘッドスペース法とは、ガスクロマトグラフィー(GC)分析における前処理方法の1つです。ヘッドスペース法は液体をGCに注入していたこれまでの方法と違い、多くのメリットがあります。しかし専用の機器が必要で高価なため、導入すべきかどうか悩ましいと思います。
そこでこの記事ではヘッドスペース法の特徴や導入する方法を解説します。さらにおすすめの機器も紹介するので、ヘッドスペースサンプラーの導入を検討しているなら、参考にしてみてください。分析計測ジャーナルでは、ヘッドスペース法に関するご相談を受け付けております。お気軽にお問い合わせください。
ヘッドスペース法とは?導入する5個のメリットも
ヘッドスペース法とは何なのか?詳しい原理と導入するメリットも5つご紹介します。
GCの相棒!ヘッドスペースの原理とは?
ヘッドスペース法はガスクロマトグラフィー(GC)やGC/MSで測定する、試料の前処理方法のことです。バイアルに入れた試料をオーブンで加熱し、気体の状態にしたものをカラムに流します。ヘッドスペース法の名前は、「HS」と省略して使用されることもあります。ヘッドスペースサンプラーは、ガスクロマトグラフィーの相棒としてGC測定の幅を広げてくれる機器です。
「ヘッドスペース」とは、「物質の上の空間」を意味し、バイアルに入れた試料の上の空間を指します。
密閉されたバイアルに試料を入れ加熱すると、沸点に達したものがバイアル上部の空間(ヘッドスペース)に出てきます。加熱を続けると、やがて平衡状態になり、試料中に含まれる目的成分とヘッドスペースに含まれる成分の濃度が同じに。平衡状態に達したところで、インジェクターからGCに一定量の試料を注入すると、気体状の試料を測定できるのです。バイアルの加熱温度や時間は、目的成分によって異なります。
ヘッドスペース法5つのメリット
ヘッドスペース法を使うと、液体を直接注入する方法と違い気体を注入するので、次の5点のメリットがあります。
- GCの汚染を最小限にできる
- キャリーオーバーしにくい
- 液体処理しなくていい
- カラムが長持ちする
- 精度がいい
ヘッドスペース法は、目的成分のみに近い試料を限定して注入できるため、機器やカラムの汚染を最小限にできます。そのため基剤や溶剤由来の、キャリーオーバーも防げます。
液体を直接注入する場合、目的成分を完全に溶解しなければなりませんが、ヘッドスペースなら溶解していなくても適応可能です。そのため揮発性のあるものなら、固体やペースト状でも、そのままバイアルに入れて使用できます。試料調製の手間を省け、調製作業で生じるブレを抑えられるので、精度がいいのもメリットの一つです。
ヘッドスペース法で測定できるものと活躍する分野
これまで液体試料としてそのまま測定していたものも、ヘッドスペース法を用いればもっと簡単に測定できるかもしれません。ヘッドスペース法が向いている化合物と、よく使われている分野について紹介するので、参考にしてみてください。
ヘッドスペース法ならこれまで固体やペースト状の試料で、GC測定を諦めていたものでも、目的成分が向いている化合物に含まれているなら測定可能ですよ。
ヘッドスペース法が向いている化合物
ヘッドスペース法が向いている化合物は、「揮発性が高い」条件が必要です。最高沸点は、300℃程度までのものが分析できます。具体的な化合物は次のとおり。
- 塩化ビニルモノマー
- 四塩化炭素
- 1,4-ジオキサン
- ジクロロエチレン
- ジクロロメタン
- トリクロロエチレン
- ベンゼン
- ジェオスミン
- ヘキサン
- アセトニトリル
- N,N-ジメチルホルムアミド
参考:食品分析開発センター ヘッドスペースガスクロマトグラフィー分析法
ヘッドスペース法が活躍する分野
ヘッドスペース法が活躍する業界はさまざまで、以下のような分野があります。
- 医薬品業界
- 食品業界
- 環境分野
- 犯罪の科学捜査
医薬品業界では、原料や製品の残留溶媒の測定に用いられます。米国の薬局方(USP)や欧州薬局方(EP)では、残留する溶媒の種類と限度が規定されており、満たしたものしかアメリカやヨーロッパで販売できません。残留溶媒は微量で揮発性も高いので、精度のよいヘッドスペース法が活躍するのです。
食品業界では残留農薬の分析に用いられることが一般的です。土壌や河川の水中に含まれる有害物質の測定にヘッドスペース法を導入すれば、ほとんど前処理なしで簡単に測定できます。さらに迅速性があるので、科学捜査の毒物測定にも用いられていますよ。
GCにヘッドスペースを導入する方法と試料の準備方法
GCを持っているなら、ヘッドスペースを導入する方法は簡単です。さらに導入後の実際の試料調製方法についても、詳しくお伝えします。
GCに導入する方法
ヘッドスペースサンプラーのメインの機能はオーブン機能のみなので、機器を置くスペースと電源、キャリアガスラインがあればどこでも設置可能です。ただしGCと接続するので、置く場所はGCの隣。スペースはメーカーによって異なりますが、幅500mm×奥600mm程度の広さがあれば設置できます。
現在使っているGCと同一メーカーのヘッドスペースサンプラーなら、相関性があり導入しやすいです。GCと別メーカーであっても、互換性がある機種なら問題なく使えますよ。
試料の準備方法
ヘッドスペース法での試料調製に必要な器具は以下の4つです。
- ヘッドスペース用バイアル(容量10mL、20mL、22mLが一般的)
- セプタム
- キャップ
- クリンパー
バイアルへの試料の充填量は、バイアルの高さの半分程度を目安に充填してください。試料上部の空間(ヘッドスペース)が十分なければ、試料注入時にシリンジが液体部分に触れてしまう恐れがあります。低温で揮発する物質の場合、試料をバイアルに入れてから密封するまでを素早く作業しなければなりません。しっかりと密封するために、クリンパーを使ってキャップをバイアルに固定します。クリンパーは手動のものと電動のものがありますが、検体数が多いなら、自動のものが素早く確実に密封できるのでおすすめです。
ヘッドスペースサンプラー機器紹介
GCでヘッドスペース法を適用するには、ヘッドスペースサンプラーが必要です。製薬会社や食品会社などの企業、大学の研究室でよく導入されているヘッドスペースサンプラーを4機種ご紹介します。どの機種も高品質で納入実績も多いので、安心して選んでくださいね。
HS-20NXシリーズ(㈱島津製作所)
㈱島津製作所のHS-20NXシリーズは、低キャリーオーバーにこだわって開発された同社の最高位機種です。特許出願中の独自技術で、従来の1/10にまでキャリーオーバーを減らしています。
医薬品における残留溶媒測定は低濃度領域での測定のため、溶媒のキャリーオーバーが目立つのが問題でした。汎用性の高い溶媒の一つであるDMF(N,N-ジメチルホルムアミド)は、キャリーオーバーしやすく、水溶媒での洗浄工程を入れることがあります。しかしHS-20NXシリーズなら、DMF溶媒を用いてもキャリーオーバーがなく、洗浄用の注入が不要です。
日本メーカーなので、日本語対応で使いやすく故障時の対応も素早いですよ。島津製作所のGCを使っている製薬会社は、HS-20NXシリーズが最適です。
TurboMatrix HSシリーズ(パーキンエルマー)
TurboMatrix HSシリーズはアメリカのパーキンエルマー製のヘッドスペースサンプラーです。アメリカの会社ですが日本語対応の液晶タッチスクリーンで、英語がわからなくても使いやすい機器です。TurboMatrix HS40とTurboMatrix HS110は、最大12バイアルを同時に加熱できるので、試料注入までの時間を短縮し分析時間を短くできます。
ヘッドスペース法では、加圧されたバイアル内から気体状のサンプルを正確に採取するのは難しいです。しかしTurboMatrix HSシリーズなら、電子制御圧力バランス法により精密な試料採取が可能になり、精度の高い結果が得られます。
参考:TurboMatrix HSシリーズ(パーキンエルマー)
Agilent7697A(アジレント)
Agilent 7697Aは、最大111バイアルを置けるサンプルトレイが設置でき、検体数が多い品質管理部などで重宝します。また3つの優先ポジションがあるので、緊急で測定したい検体を分析途中に入れるのも可能です。試料のバーコード読み取り機能もあり、試料の追跡にも役立ちます。測定後は自動でガスとヒーターが切れるプログラムが搭載されているので、研究員が不在の夜中に測定が終了しても、電気とガスを無駄にしません。
検体数の多い企業の品質管理部門や、迅速測定を求められる科学捜査には、Agilent 7697Aはいかがでしょうか。
HS-10(㈱島津製作所)
㈱島津製作所のHS-10は、低価格にこだわったヘッドスペースサンプラーです。一般的なヘッドスペースサンプラーは300万円前後が相場である中、HS-10の中古品は25万円で取引されていたことも。バイアルを上下に振動させて攪拌する機能があるので、短時間でバイアル内を平衡状態にできます。さらにオーバーラップ保温機能で、最大6本のバイアルを同時加熱し、分析時間を短縮します。HS-10は低価格なのに機能が充実しており、コスパのいい製品です。初めてヘッドスペースサンプラーを試してみたいなら、手軽な価格のHS-10は最適ですよ。
参考:HS-10 カタログ
まとめ
ヘッドスペース法とはガスクロマトグラフィーの前処理方法で、揮発性のある成分を気体の状態にしGCに注入するものです。ヘッドスペース法は従来の液体試料の注入に比べて、精度がよく機器を汚染しないメリットがあります。さらに試料調製の手間も省け、固体であっても、測定したい物質が揮発性なら使用できます。
ヘッドスペース法をおこなうには、ヘッドスペースサンプラーが必要です。ヘッドスペースサンプラーはさまざまな機器メーカーから販売されていますが、メーカー選びに困ったら以下の3社が実績豊富でおすすめです。
- ㈱島津製作所
- パーキンエルマー
- アジレント
分析計測ジャーナルでは、ヘッドスペース法に関する相談を受け付けております。お気軽にお問い合わせください。
ライター名:バッハ
プロフィール:大手製薬会社において約8年間新薬の開発研究携わる。新薬の品質を評価するための試験法開発と規格設定を担当。さまざまな分析機器を使用し、試験法検討を行うだけでなく、工場での品質管理部門にも在籍し、製薬の品質管理も担当。幅広い分析機器の使用経験があり、数々の分析トラブルを経験。研究者が研究に専念でき、遭遇するお悩みを解決していけるよう様々な記事を執筆中。
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